恋にトリックは使えない
トリックを必死に見破ろうとしてくるお客さんがいる。
僕は、その人に絶対に見破られないようにマジックをする。
そうして「今日も見破れなかった!けど楽しかった!」と笑ってくれる、その笑顔を、ずっと見たいと思ったんだ。
―――恋にトリックは使えない
ある日、見慣れない封筒が、鞄の中に入っていた。
ゲームのグッズなのだろうか、剣や盾の絵が描いてある封筒だ。
そっと、鞄からそれを取り出した。
「こんな手紙もらったっけ…」
ファンレターかな?
そう思って、レターナイフで綺麗に開封する。
便箋に書かれた文字の主を、僕は知っていた。
「ねこさんの字だ」
ねこさん。
熱心に僕のマジックを見てくれる人。
トリックを見破ろうとする人。
便箋に書かれた文字は、トランプのマジックを披露した時に、彼女がカードに書いたサインとよく似ていた。
どうして、この手紙が自分の手元にあるのか。
手紙の宛名を見て、わかった。
「運命の人へ…」
そう、運命の人に宛てた手紙だ。
ねこさんは僕の運命で、僕は彼女の運命ということになる。
***
手紙が届いて5日経った。
「時雨さん」
「…なんでしょうか、ねこさん」
手紙が届いて、頭はずっとそのことばかり考えてしまって。
そして気付いたんだ。
『いつも見つめてくる、あの瞳に恋してる』
それをどう伝えるか、必死に考えていたのに。
本人から話しかけられてしまった。
「これ、時雨さんの手紙だよね?」
トランプ柄の封筒、中には手紙と名刺。
「そうです、ね」
もう逃げ場がない。
嗚呼、まだ何も準備が出来ていないのに…いや、準備なんて、無意味なのかもしれない。
マジックは準備をすれば大方思い通りだけど、恋にトリックは使えない。
そもそも存在しない、両思いになるトリックなんてものは。
腕の中で大人しく、うさぎのうさこは眠っている。
「ねこさん、聞いてもらえますか」
アドリブでいくしかない。
「ねこさんは、僕のマジックをいつも楽しそうに見てくれて…僕はそれが本当に嬉しいんだ」
本当にマジシャン冥利につきます。
ねこさんにとって、良いマジシャンでいられて、幸せでした。
でも僕は、ねこさんをただのお客さんだと思ってないんです、もう。
少しずつで良い。
僕のことを知って、好きになってもらえないだろうか。
「手品だけじゃなくて、僕自身を見てくれますか?」
もし見てくれるなら、その時は。