誰かを想う幸せ
プラネタリウム、小学生の時遠足で行ったきりではないだろうか。
受付に、先日もらったチケットを提示する。
「五十嵐さん、来てくれたんだ」
「こんにちは」
―――誰かを想う幸せ
「あれがカシオペア座だよ」
宇月さんは、受付から解説まで、本当に全ての案内をしてくれた。
まさか本当に案内してもらえると思ってなかったので驚いた。
「綺麗でしょ?」
「ええ、綺麗ですね」
素直に返事をすると、宇月さんが笑う声がした。
***
「大変素敵なものを見させていただきました」
ありがとうございます、と宇月さんにお礼を言って、パスタを口に運ぶ。
ちょうど昼時だったので、昼食に誘ったのだ。
「今日の星は不安にならなかった?」
恐らく、先日の自分の発言のことを言っているんだなと思った。
『星を見ると不安になる、星が出るのは夜の始まりで、危ないから』
「はい、今日の星は不安になりませんでした」
プラネタリウムですし!と、そんな野暮は言えない。
良かった、と宇月さんは柔らかい笑顔になった。
「あ、実は渡したいものがあるんです」
鞄から小さな包みを取り出す。
中身はクッキーだ。
「この間と今日の、お礼のつもりです」
「何か気を使わせちゃったかな?」
少し申し訳なさそうな顔をされたので、首を横に振る。
「そんなことないですよ、勝手に渡したいと思ったのは私です」
***
あの日、彼女が言った言葉が忘れられない。
「好きだって思わせてくれてありがとうって言えたら、十分だよ」
彼女は顔も覚えていない誰かに恋をしている。
好きだという気持ちしか、わからないのに彼女は穏やかなものだ。
『そういう考え方もあるのか』
乙女心のわからない自分は、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「実は昔、貴方が好きだった」と言ったあの子も、そう思っていただろうか?
宇月さんの幸せそうな顔を見ると、誰かを想う幸せというのも、確かにあるらしい。
その宇月さんの笑顔を見て、少し、ほんの少しだが。
恋に気付けなかった自分が、許されたような気がした。
***
「それ、こぐまのクッキーです。味見して買いました。美味しかったです」
「あのファンシーなお店?五十嵐さん買いに行ったの?」
ええ、買いに行きましたとも。
完全に場違いでしたけど。
動物の耳を付けた店員さんに出迎えられて、一瞬たじろいだ。
「プレゼントですか?喜んでもらえるといいですね」
そう言って店員さんに笑いかけられたので、本当喜んでもらえるといいな…と、心で呟いていた。
***
「どうもありがとう」
「いいえ、こちらこそ」
昼食を食べ終え、そろそろ彼女は仕事に
戻らなければならない。
「また見に来ます、プラネタリウム」
「いつでも待ってるよ」
そう言って、くるりと背を向けた宇月さんに「あっ」と叫んでしまった。
「?」
「顔のわからない彼、見つかるといいですね」
好きな人を想うだけで、そんな幸せそうな顔をするなら、その人から想われたらもっと幸せだろうな。
この人、幸せになったらいいな。
宇月さんは、空に浮かぶ月のように微笑んでみせた。