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素晴らしい愛し方

何度も通ったことのある道も、薫君に会いに行くのだというだけで、なんだか輝いて見える。
スキップのように弾む足取りで、彼との待ち合わせ場所に向かっていた。
少し浮かれていたのかもしれない。
曲がり角で人に、ぶつかりそうになってしまった。

―――素晴らしい愛し方

「きゃっ!」
「ずら!?」
ぎりぎりのところで止まって、すみませんと言いながら相手を確認する。
頭に赤いリボンをつけた、自分より年上に見えるお姉さん。

「お怪我ありませんか?」
「大丈夫…貴女は?」
私も大丈夫ですと答えると、リボンのお姉さんは安心したような表情をした。
「転ばなくて良かった…お姉さんの可愛い服が汚れなくて」
お姉さんはふわふわとした可愛らしい服装をしていた。もしぶつかって転んだら、泥がついてしまう。
ぎりぎりで止まれて本当に良かった。
「可愛い?えへへ、実はこれからデートなんずら」
そう言ってへにゃりと笑ったお姉さんはとても幸せそうだった。

「私も、これから大好きな人に会いに行くんです」
…こんなことは言わなくて良かった。
けれど何故だか、言葉が勝手に唇からこぼれた。
私は今、どんな顔をしているだろう。
「それは楽しみじゃんねぇ、お出かけけ?」
お姉さんは蕩けたような笑顔で言った。
「きっと大好きな人も楽しみに待っちょるよ、いってこーし」

***

それから暫く経ったある日、再びお姉さんを町で見かけた。
お姉さんは私を見つけると、嬉しそうに手を振りながらこちらに近付いてきた。
「こんにちは、えっと…うう、お名前わからんずら…」
「小恋美といいます、この間はすみません」
「ここちゃん!大好きな人には会えたのけ?」
お姉さんの問いかけを聞いて、本当にこの間はどうかしていたなと思った。
どうしてあんなことを言ってしまったのか、恥ずかしい。
「ええと、はい…あっ、お姉さんのデートは?どうだったんですか!?」
思わず話題を反らそうとして、お姉さんに質問をしてみる。
「ふふ、じゃあ今からおはなし、しましょ?」

立ち話も何だからと、二人で喫茶店に入った。
窓際の席に座って、メニューを決めながらお互いに自己紹介をした。
お姉さんの名前は「あずきさん」というらしい。
「あずきさん、ここのクリームソーダ美味しいらしいですよ」
「そうなんずら?じゃあそれにしよ」
「…それって方言なんですか?」

最初会った時から、あずきさんは言葉が訛っていた。それが少し珍しくて、そう聞いてみた。
「あっ…なるべく標準語で話そうって、思ってるんだけど…」
「そんな、そのままで良いじゃないですか…」
『あずきさんの方言、好きなんだけどな』
私はそう思ったけれど、あずきさんは自分の方言を、あまり良く思っていないみたいだった。

***

注文したクリームソーダが席に運ばれてきた。ストローでくるくる混ぜると、氷がカランカランと音を立てる。

「ここちゃんの大好きな人はどんな人?」
バニラアイスを食べながら、あずきさんが質問をする。

「そうだなあ、私の好きなものを絶対に馬鹿にしない…そんな人ですね」
「そういうところを、好きになったの?」
あずきさんはにこっと微笑んだ。
「す、好きなところ…いっぱいあるのですが…」
花に詳しいところも、私の好きな科学を馬鹿にしないところも、実験に付き合ってくれたところも…。全部、ぜんぶ、大好き。

「そんなに好きになってもらえて、ここちゃんの大好きな人は幸せだと思うずら」
「あずきさん…」
恋の話はあまり得意ではないけど、あずきさんは優しく聞いてくれる。
それが嬉しくて、もっと話を聞いてほしいと思ったし、彼女の好きな人のことも聞きたいと思った。

「あずきさんの大好きな人の話も、聞かせてください」
私がそう言うと、あずきさんは一番最初に会った時と同じように、へにゃりと笑った。
「あのねあのね…いつきさんはね…」

あずきさんは好きな人の話をする時、終始嬉しそうで、本当にその人が好きなんだということが伝わってくる。

「頭をぶつけたら絆創膏をくれた」
「タバコを吸う姿が格好いい」
そんな事を、頬を染めながら話してくれる彼女はどこからどう見ても恋する乙女。

「あずきさんに好きになってもらえて、いつきさんはきっと幸せですね」
「そう、かな?えへへ」

クリームソーダ一杯分の、ほんの短い時間。私達はお互い、大好きな人の話をした。

***

「ありがとうございました」
「こっちこそ!楽しかったずら!」

喫茶店を出たら、もうお別れだ。
少し名残惜しいけれど。

「あずきさん、今度会えたらパンケーキでも食べましょう」
「ぱんけーき?」
そうですよ、と答えながら、スマートフォンにパンケーキの写真を表示させる。

「ふわふわで、おいしそう!」
あずきさんが無邪気に笑うので、私もつられて笑った。

「あずきさん、また私の話を聞いてくださいますか?貴女のお話も、また聞きたいです」

今までずっと科学のことばかり考えて、恋なんてちっとも知らなかった。
科学の話はすらすら話せるのに、恋の話はしどろもどろだ。

だから勉強させてください。
私が知らない大人の愛を。

『私と薫君も、いつか大人になる』
今は手探りの恋。
だけどいつか、必ず。
素晴らしい、愛し方を身につけて。

「あずきさん達みたいに、私達も、素敵な恋人同士になれたらいいなって思うから…」

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