取りこぼしながら生きている
「こんな夜分にお一人ですか?」
夜のパトロール、空を見つめる女性を見つけて声をかける。
「星を見ていたんだ」
そう言って、女性はにこりと笑った。
―――取りこぼしながら生きている
空を見上げると、星が瞬いていた。
「確かに星は綺麗だと思いますけど、夜は暗くて危ないですよ」
家までお送りしますから、と提案すると女性はまた笑った。
***
「宇月彗さんとおっしゃるんですね?私は五十嵐豊と申します」
身元の確認出来るものを提示してもらい、彼女の名前を知る。
「五十嵐さん、よろしくね」
そう言いつつ、彗は空に目をやった。
「星を見てるとね、何だか安心するんだ」
「私は心配になります」
星が出るのは夜のはじまり。
夜は暗くて危ないのだと、そればかり気にしてしまう。
「五十嵐さんは星が好きじゃないかな?」
彗が首を傾けながら質問する。
豊は星を見やりながら「嫌いではないです」と言った。
そう、嫌いではない。
ただ、心配が勝つだけだ。
***
「五十嵐さんは知ってるかな?星って歌うんだよ」
「聞いたことはあります。けど、星の歌は、人間の耳には聞こえないんですよね」
聞き取れないから、本当なのかよくわからないですね。
『目に見えるもの、耳に聞こえるもの、それだけが世界の全てではない』と人は言う。
けれど自分が感じ取れないそれに気付くのは、とても難しい。
「私の話なんですが」
「うん」
「前に同窓会で、昔実は好きだったと言われたことがあって」
そんな素振りを見たことも、「好き」と言われたこともなかった。
それでも、その人の「好き」という気持ちは、ずっと存在していた。
気付けなかった。
私にとっては、目に映るものと伝えられた音が全て。
「きっと色々なものを、取りこぼしながら生きているんだと思います、私」
星の歌も、言葉にされなかった「好き」も。
『存在する有益なもの全てが、目に映って、耳に聞こえればいいのに』
そう思って、空に耳を傾けてみたが、やはり星の歌は聞こえなかった。