出会いたい気持ち
「どうしてこんなものが存在するんだろう」
一人の男が、ピンク色のポストの前でぼやく。
彼の名前は、五十嵐豊。
恋文町で働いている警察官だ。
今彼の前にあるピンクのポストは、『運命の人に手紙が届くポスト』という噂がある。
「こんな得体の知れないものは、撤去してしまった方が良いんじゃないかな」
噂を利用して悪事を働く人間が、現れるかもしれない。
『撤去するとか、手紙が入れられないようにするとか…何か対策をした方が』
「ガンマだって、そう思うだろ?」
側にいるシェパードのガンマに目線をやると、それに答えるように「バウッ」と鳴いた。
***
「きゃっ」
「あっ、大丈夫ですか!?」
声の方に目を向けると、長い髪の女性が地面に転んでいた。
「絆創膏、署にあるので…立てますか?」
「えっ、あの、すみません…」
手を差し伸べて、女性を立たせてから、二人と一匹は署に向かって歩き出した。
「…さっき、ピンクのポストを見ていらっしゃいましたか?」
女性にそう聞かれて、豊は「あっ」と声を上げた。
「あのポスト、どうしてあるんだろうって…思って…噂では運命の人がどうとか、言いますけど…」
流石に、「撤去した方が良いと思っている」とは言えず、豊は少し誤魔化した言い方をした。
「あのポスト、生徒たちの間でも噂になってて…きっと、運命の人に出会いたいって気持ちが、いっぱい詰まってるから…だから…」
あのピンクのポストは、存在しているじゃないですか?
桃色の長い髪が、風に揺れた。
少し照れたように女性が笑う。
『運命の人に出会いたい気持ち、か…』
***
「豊、おかえり」
「朝輝さん!あの、絆創膏ってまだありましたよね!?」
怪我したのか?と問いかけられ、あの方が、と、豊は女性の方に目線をやった。
彼女の傷を消毒しながら、豊はぽつりと呟いた。
「先生、俺はあのポストの噂が、いつか悪用されるんじゃないかって、そればかり心配していました」
だから、ピンクのポストを無くしてしまった方が良いと思ってた。
事件が起こってからでは遅いから。
「けど、俺は少し考えを改めようと思います」
もしポストを悪用する人間が現れたとしても、悪いのはポストじゃなくて悪用した人間の方。
『素敵なものを、悪いものから守れるような警察官にならないと…』
その日の夜、五十嵐豊はピンクのポストに手紙を投函した。
運命の人が、自分にもいるのなら、その人を守りたいと思ったから。
彼の運命の行方は、天使しか知らない。