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いろはにこんぺいとう

「クロちゃん、きたよ」
靴を鳴らして、たったかたったか。
花絵は一匹の黒猫に近付いた。
手には猫用おやつ。
封を切って、猫の口に近付ける。

「おいしい?」
花絵の問いかけに答えるように、クロは「にゃん」と鳴いた。

「はなのおやつも、もってくればよかった」
猫のおやつを忘れないようにするのに必死で、自分のおやつを忘れた。

ポツン、ポツン。
ザーザー。

「わぁ、あめだぁ…」
ついでに傘も忘れてきてしまった。

***

「あめ、ふってきちゃったね」
どうしよう、帰れないやと、クロを撫でながら雨宿り。
そんな時、一匹の虎猫が、少し濡れた身体で走ってきた。

「ぬれてきちゃったの?」
とらちゃん、おいで。

虎猫に手を伸ばして、持っていたハンカチで虎猫の身体を拭く。
猫を拭きながら、花絵はぽつりと呟いた。

「あめ、いつやむかなあ」
「通り雨だから、じきに止むよ」

***

ひとり言のつもりだったのに、返事が返ってきた。
花絵は声のする方へ顔を向けた。
そこにいたのは、着物を着た男の子。

男の子の言葉を聞いた花絵は「そっかあ」と言って、安心したように笑った。

男の子は、自分は千雨という名前だと花絵に言った。
「今降ってる雨と同じ名前だよ」

雨が降って、少し空気がひんやりしている。
寒くないかと千雨に聞かれて、少し、と花絵が答えると、彼は羽織を花絵に渡した。
「雨が止むまで、使っていいよ」
「ありがとう、ちさめくん」

***

「はなちゃん、甘いお菓子は好き?」
頷くと千雨は、花絵の手に小さなお星さまを降らせた。
「はなしってる!こんぺいとうだ!」
「正解…おいしい?」
カラフルなお星さまに花絵は夢中で、返事が出来なかった。
それでも千雨は怒らないで、ふわりと微笑んだ。

「あまいねぇ」
千雨と金平糖を食べていると、ふと、幼稚園で知った数え歌を思い出した。

いろはにこんぺいとう 
こんぺいとうは甘い
甘いはおさとう おさとうは白い
白いはうさぎ うさぎははねる
はねるはかえる かえるは青い
青いはお化け お化けは消える
消えるはでんき でんきは光る
光るはおやじの はげあたま

歌う花絵を、千雨は不思議そうに見つめている。
お寺には雨の音に混じって、花絵の歌声が響いた。

***

そうしている間に、雨が止んで青空が広がった。
千雨が羽織を着直して、傘を持つ。

『もう、ばいばいしなくちゃいけないの?』
猫を抱きしめる花絵の手に力が入った。
『まだあそびたいの』
そんな気持ちをぐっと堪えて、花絵は千雨の名前を呼んだ。

「なあに、はなちゃん」
「…ばいばい」
さっきまで、金平糖を掴んでいた手のひら。
今はもう食べてしまって空っぽだ。
空っぽだから、手を振れる。

「…うん、ばいばい」
千雨が手を振り返す。

本当は、寂しい。
金平糖がもうないことも、千雨が帰ってしまうことも。
それでも手を振った。
我が儘なことを言うと、小学生になれないのだから。
『はなは、こんどしょうがくせいになるから。さびしいなんて、言わないの』

寂しいと言えない花絵の代わりに、猫が「にゃあ」と鳴いた。

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