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ミルクコーヒーに眠れない夜を願った

X(旧Twitter)企画「コランダ地方で輝く君へ」交流作品です。

お借りした方
•リリーちゃん

自宅
•ドラウズ


ラヴェンナが寝不足のトレーナーを捕まえることなど、いつものこと。
今日も寝不足でフラフラなトレーナーを捕まえてきた。
「姿が見えないと思えば……なるほど、そいつの相談に乗ればいいのか?ラヴェ」
「ほー」
『その通りです』というように胸を張る、俺のパートナー。ヨルノズクのラヴェンナ。
寝不足のトレーナーを見つけては捕まえ、ねむりの研究所に誘導する。

「相談室は……誰も使っていないな。よし」
ラヴェンナに連れて来られたトレーナーに向き直る。そのトレーナーは大人しそうな少女だった。
「ねむりの研究所へようこそ。俺は研究員のドラウズだ。もし眠れずに悩んでいるのなら……ねむりの研究所が力になろう」

ミルクコーヒーに眠れない夜を願った


「私リリーって言います。ぇと、トレーナー……って言っていい……んでしょうか……」
「ああ、ポケモンバトルをする人間のみがトレーナーだという考えもあるな。だが、ポケモンをボールに入れて扱う者であれば、バトルをしなくとも、その人間はトレーナーだと俺は思う」
俺の言葉に、リリーは少し驚いたように目を大きく開いた。
「そう、でしょうか?」

リリー・リリウム 16歳 ヴァニルシティ在住。
眠れない原因は、手持ちのマスカーニャに夜叩き起こされること。
ポケモンに振り回されて、寝不足になるトレーナーは決して珍しくない。
「何だか懐かしいな……ラヴェンナがホーホーだった頃は、真夜中によく叩き起こされていた」
「えっ、そうなんですか?」
「ホーホーは夜行性。夜は最も活発に動き回るからな」
リリーがラヴェンナの方に顔を向ければ、ラヴェンナは少しとぼけた表情をした。
「何かのヒントになるかもしれないから、聞かせてやろう。ラヴェンナがホーホーだった頃の話を」


ラヴェンナは、俺の家の近所の木のうろに住んでいた。よくラベンダー畑で遊んでいる姿が目撃されていたので、近所の人が“ラヴェンナ”と勝手に呼んでいた。
「あれっ、ドラウズさんが考えたお名前じゃないんですね?ラヴェンナちゃんって」
「出会った時にはすでにラヴェンナだったのだ。ちょっとしたアイドルホーホーだったぞ」
そんなラヴェンナだが、ある日手羽に怪我をして、木の下に落ちていた。
俺は家にラヴェンナを連れて帰り、手当てをして食事を与えた。
「それから怪我が治った後も、ラヴェンナは何だかんだ俺の家で過ごすようになり、とうとう俺の手持ちになった」
さて、問題はここから。

怪我をして動けなかった頃は大人しかったラヴェンナだが、怪我が治ると少々活発になり、夜寝ている俺を叩き起こすようになった。
ただ、起こされても眠気に勝てず、俺はすぐ寝てしまっていたので、次の日のラヴェンナの機嫌は悪かった。
「俺は何とかして夜更かし出来るようになろうと思い、コーヒーの力に頼ることにしたが……」
「が……?」
「子どもだった俺は、ブラックコーヒーだと苦すぎて飲めなかったので、ミルクを沢山追加してしまった。砂糖も沢山入れた」
そうすると、どうなるか。ミルクコーヒーでは、カフェインの量が足りず、全然夜更かし出来なかった。
この時、ホーホーの生活リズムに合わせることは非常に難しいと悟った。
そして、決めたのである。例え生活リズムが違っても、このホーホーと上手くやっていく道を探そうと。

「あの、それからどうなったんですか?」
「子どもの俺に出来ることは、あまり多くなかった。それでも、思いつく限りのことをした」
ラヴェンナが俺を起こすのは、寂しいからなのではないかと推測した。
なので、ラヴェンナの心を楽しいことで埋めてしまおうと考えた。
ふたりで秘密基地を作ったり、ラベンダー畑で遊んだ。ラヴェンナが眠そうな時は、タオルケットで彼女を包んだ。
テスト勉強で忙しく、構ってやれない時寂しくないようにぬいぐるみを買ってラヴェンナに渡した。

そして月日は流れ……ラヴェンナは、俺を無理に起こさなくなった。
俺はほんの少し夜更かし出来るようになり、時々ラヴェンナと夜の散歩に出掛けたりした。
夜更かしばかりでは体に悪いが、たまになら……まあ、いいんじゃないか。あまり大声では言えないが。

「そして、現在に至るというわけだ。少しは参考になったか?」
「はい、ありがとうございます」
リリーが深々とお辞儀をした。
ラヴェンナは目を細めている。昔を懐かしんでいるのだろうか。
お辞儀を終えたリリーは、マスカーニャとの出会いについて口にした。

「マスカーニャさんとの出会いは、道で急にマスカーニャさんが襲ってきて……ニンフィアのブランカが勝って、成り行きでゲットしたんです」
なるほど。なかなか、壮絶な出会いだったらしい。
「そうか……ニンフィアのブランカが君のパートナーなのか?」
「えっと、ブランカは私のお父さんのパートナーで……私のワガママで勝手に連れてきちゃったんです。ブランカもマスカーニャさんも、私の言うことを聞いてくれなくて……」
リリーは、膝の上で拳を握りしめていた。マスカーニャだけでなく、ニンフィアも言うことを聞かないとは。
寝不足な体は勿論だが、この少女の心も心配だ。

「言うことを聞いてくれない、いつも好き勝手に行動する。そんなポケモンたちと、君はこれからどうしたい?」
ブランカはお父さんに返して、マスカーニャは別のトレーナーに譲って、新人トレーナー用のポケモンを、パパラチア博士から受け取るという選択肢もある。
「……仲良く、なりたいです。ブランカと、マスカーニャさん。ふたりと、仲良くなりたいです」
真剣な表情で言うリリーに、ラヴェンナは頬を擦り寄せた。
「……そうか、わかった」
パソコンに、本日の記録を打ち込む。

「ふたりとの関係を良好にし、指示を聞いてもらえるようにすることを目標にしよう。これをクリア出来れば、マスカーニャに睡眠を妨害される問題も解決出来るだろうからな」
「出来るでしょうか……?」
「君は先程、ラヴェンナに頬擦りをされていた。あれは、君を良いトレーナーだと、ラヴェンナが認めている証なのだ」
ポケモンと仲良くなりたい。リリーの真っすぐな言葉を聞いて、ラヴェンナは彼女を良いトレーナーだと思ったのだろう。
「ラヴェンナが認めた君ならば、大丈夫だと俺は信じている」
 
かつて、ミルクコーヒーに眠れない夜を願った。そんな、ポケモンとの付き合い方をよくわかっていなかった人間が、現在トレーナーとしてきちんと過ごせている。だから、リリーも大丈夫なはずだ。
 
ラヴェンナが、大きな手羽でリリーの頭を撫でている。ラヴェンナも、リリーに『大丈夫だ』と伝えたいようだ。撫でられたリリーは、くすぐったそうに笑った。

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