ミンミンゼミの灯し
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
暦ではもうすでに秋を迎えたと言うのに、蝉たちはまだまだ夏を終わらせてくれない。日本の夏はたちが悪い。暑いだけならまだしも、ジメジメとした湿度。それに、夏を奏でる蝉の声。嫌気がさす。私は、息をすることすら疲れてしまい、エアコンの効いた部屋からずっと出ないでいる。ほんの1月前までは、夏の訪れに心躍らせていたはずだったが、今ではもう、飽きてしまった。こう、毎日毎日とこの環境に置かれると地平線の続く道をただまっすぐと歩くみたいになる。お腹が空けば出前を取り、必要なモノがあればネット通販で注文する。そんな日々が続き、蝉の抜け殻のような身体には何かをやろうと言う熱苦しいパッションも何もなかった。
そんなある時、私は不意に網戸を開けるとミンミンゼミが、ここぞとばかりに私のテリトリーに侵入してきた。五月蝿い。私は舌打ちを響かせ、ミンミンゼミを撃破すべくいらない新聞紙を丸め叩きつけた。しかし、空を切るばかりの丸めた新聞紙。ミンミンゼミはあざ笑うかの如く鳴いている。おまけには、尿を飛ばしてくる始末である。私は暑さとこの笑い声にやられてしまい、6畳半の部屋を暴れまくった。気がすむまで暴れたが、ミンミンゼミを撃退することどころか部屋を散らかして無駄に体力を消耗してしまった。丸めた新聞紙が私の汗でくしゃくしゃになってしまった頃には、新聞紙を部屋の隅に投げていた。読みかけの雑誌を手にし、読む。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
雑誌を読む。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
読む。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
よ。。。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
読めない。五月蝿すぎる。ミンミン五月蝿いと叫んでも、ミンミンゼミは言うことを聞いてくれない。それどころかより一層高音を奏でる。雑誌を読むことを諦め、YouTubeで動画を見る事にした。
はい、どーもー!
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
今回紹介するのは、、、
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
ミーンミーン、ミーンミーンー。
全く聞こえない。私は、発狂しそうだった。何をするにもミンミン五月蝿い。飲み物を飲むときも、スナック菓子を頬張る時も、トイレに行く時も、ミンミンゼミは鳴き続けた。
いつのまにか私は疲れて寝ていた。ミンミンゼミとの格闘で精神的にも体力的にも疲弊していたのだろう。夕陽が部屋に差し込んでいた。静かだった。闇が迫るように夜が来る。そう感じさせる。何か忘れているような。そう思って私はあたりを見渡すと、ミンミンゼミがいた。コイツっと私はとっさに昼の激闘でくしゃくしゃの新聞紙を丸め潰そうとした。しかし、ミンミンゼミはピクリとも動かず、ただ夕陽を見つめていた。もう、ミンミンゼミはミンミンとは鳴くことはなかった。私は気づいた。彼はもう、残り僅かな命だったのだと。最後の命を振り絞り、鳴いていたのだと。7年間と言う暗い土の中で、青空の下で7日間という僅かな時間を自由に奏でる日を夢見て、やっと鳴けたのだと。そして、彼の命の灯火を私は共有できたのだ。私は急に虚しくなった。
ごめんね。五月蝿いとか言って、新聞紙で叩こうとして。
私は蝉の抜け殻になったようにポツリと呟き、闇夜の迫る空に向かってミンミンと泣いた。
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