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『高瀬舟』模擬裁判シナリオ英訳完成 (続)
2つ目は、発話者がすでに書かれてある文章を読み上げる部分、あるいは読み上げていると思われる部分。これには起訴状、証拠調べで検察官が読みあげる冒頭陳述、証人の宣誓書、証拠調べ、弁論手続きでの検察官、弁護人が述べる意見、さらに被告人の最終陳述などが含まれます。宣言書は『法廷通訳ハンドブック』に英訳があっても、起訴状は掲載されていないため、同書の100ページからの判決理由、罪となるべき事実のセクションを参照にして英訳を試みられました。証拠調べで読み上げられる証拠等関係カードで使われている、甲、乙、一号証、二号証などの用語は、英語ではA、B、exhibit 1, exhibit 2 などに訳されているということです。
検察官、弁護人の意見には、書き言葉の要素と語りの要素が共存していると指摘されてます(確かにそうです)。発話者が意図する目的に応じて言語使用域を選んで語っているようだったので、英訳でも言語使用域に合う言葉や文体になるように試みたといいます。例えば弁論手続きで検察官がクールに述べる意見では、語り手の感情は見えてきませんが、「裁判官、裁判員の皆さん」との呼びかけで始まる弁護人の意見は、ハイポフォラ(語り手が聞き手に質問を投げかけ、即座に自分が答えを言う)などの文学技法が用いられており、随所に被告人を弁護する意思と情熱のようなものが感じられるため、英訳においても聞き手の心に響くような言葉遣いとなるように考えつつ訳したということです(本当に丁寧に翻訳して下さり頭が下がります)。
3つ目は、証人や被告人の証言と、検察官、弁護人、裁判官などとの質疑応答の部分。今回の模擬裁判のシナリオでは、被告人、証人への質問と答えは少しフォーマルな会話のような文体で書かれていると判断され、被告人主質問の被告人の発話部分は独白とも思われるような語り方で、回想をしつつ淡々と語る雰囲気が伝わるように考えつつ訳したと言われます。水野真木子『法廷証言における日本語独特の表現とその英訳の等価性の問題』という研究ノートでは、日本人特有の感性を外国語で表す事が容易でない事が例を挙げて語られているらしく(水野氏は札埜が所属する法と言語学会の理事。この研究ノート、知りませんでした。。。)、今回翻訳作業をするにあたり同様に感じた個所がいくつかあり、「堪忍してくれ」は forgive meと、「恨めしそうな目つき」はreproachful eye と訳したもののニュアンスが少し違うような気がしている、と振り返っておられます。
これだけ丁寧に翻訳して下さった上に、さらにネイティブチェック!信頼の於ける優秀な英語母語者にネイティブチェックをして頂き、間違った言い回しや、不明瞭な表現など多くの箇所を訂正してもらったとのこと。最終的には読みやすく理解しやすい文章に仕上げられているとのことですが、裁判の手続きに関しては、英語圏の法曹に一度目を通してもらってアドバイスを受けることが望ましい、というご助言を頂きました。
こうして、えり子先生のご尽力のおかげで「『高瀬舟』模擬裁判シナリオ 英訳」が完成しました!
「この英訳を実際に使った生徒からの反響は良く、特に裁判員として参加した3名の生徒からは、英訳のシナリオがあったからこそ、模擬裁判の内容をすべて把握した上で評議にも参加でき、テューターをしてくださった弁護士の話も 理解できたという趣旨の感想を聞くことができた」(えり子先生)とのこと。
えり子先生、本当にありがとうございました。
(インターナショナルスクールや英語の授業で使ってみたいと思われるかたはご連絡下さい)