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乙姫裁判ー乙姫は傷害罪?!

 前回の続きです(司会は本来、法廷にいませんが、初めて参加する人への用語の説明などを行う役目です)。

裁判長: 開廷します。被告人の乙姫さんですね。
  乙姫: はい。
裁判長: 本籍、住所、生年月日は起訴状に記されている通りで間違いあ       りませんか?
乙姫: はい。
裁判長: これからあなたに対する傷害被告事件について審理を行います。まず検察官は起訴状を朗読してください。
検察官: はい
司会: 起訴状とは被告人が罪に問われた理由がかかれたものです。
検察官: 公訴事実。被告人は、客人浦島太郎に対し、令和2年8月10日、午後4時30分頃、故意を持って、危険性を説明せずに、開封すると老化する玉手箱を渡し、よって、その後、丹波の国において同人を300年老化させたものである。罪名および罰条 傷害 刑法第204条。
裁判長: 審理に臨むにあたり、被告人に注意しておくことがあります。あなたには、黙秘権が認められています。この裁判の間、最初から最後まで黙っていることもできます。答えたい質問に答えて、答えたくない質問には答えない、とすることもできます。ただ、あなたがこの裁判で話した内容は、あなたにとって有利にも不利にも証拠となりますので、気をつけてください。そのうえであなたに尋ねますが、先ほど検察官が朗読した起訴状に間違いはありませんか?
乙姫: 私は浦島様を老化させようとなどしていません。私は無罪です。
裁判長: 弁護人のご意見はいかがですか?
弁護人: 乙姫さんの述べた通りです。乙姫さんは無罪です。
裁判長: それでは証拠取り調べ手続きに入ります。検察官は冒頭陳述を行って下さい。
司会: 冒頭陳述とは、検察弁護、それぞれの事件のストーリーを述べる場です。
検察官: 検察官が証拠により証明する事実は以下の二つです。一つ目は、浦島さんが竜宮城に滞在するに至った経緯。二つ目は、事件の概要です。
 一つ目、浦島さんが竜宮城に滞在するに至った経緯についてです。浦島さんは、仕事場である丹波の国の海岸で、子供にいじめられている亀を見つけました。そして、亀をかわいそうに思い、その亀を助けました。実は、その亀は竜宮城の住人だったのです。帰ってきた亀から話を聞いた被告人は、もう一度亀を地上にやり、浦島さんを竜宮城に招きました。これが、浦島さんが竜宮城に滞在するに至った経緯です。
 二つ目、事件の概要についてです。被告人は、竜宮城に浦島さんを招き、三年の間もてなしました。しかし浦島さんは、ある日突然、地上に帰りたいと言い出しました。被告人は、その言葉に立腹し、開けると300年老化する玉手箱を、わざと危険性を説明せずに、お土産だと言って浦島さんに渡したのです。浦島さんはその玉手箱をもって地上に帰りましたが、変わり果てた故郷の様子に驚き、その玉手箱を開けました。すると浦島さんは、300年老化し、一瞬で老人になってしまったのです。被告人は、浦島さんが老化してしまうと知りながら、危険性を説明せずに玉手箱を渡したのです。これが事件の概要です。これらの事実を検察官はこれから証拠によって証明します。
裁判長: 弁護人は冒頭陳述をお願いします。
弁護人: はい。乙姫さんは無罪です。乙姫さんにとって浦島さんは恩人です。浦島さんを竜宮城に招いたのも、恩に報いるためです。しかし、乙姫さんは竜宮城では時の流れが100倍速いということを忘れていました。3年後、浦島さんに地上に帰りたいといわれた乙姫さんは、彼の老化を防ぐため、お土産として玉手箱を渡しました。乙姫さんは、浦島さんを老化させたかったわけでなく、むしろ老化しないように玉手箱を渡したのです。それに乙姫さんは、浦島さんに対し玉手箱を開けないよう注意していました。浦島さんは注意を受けていたにもかかわらず、玉手箱を自ら開けてしまったのです。乙姫さんに責任はありません。ですから、乙姫さんは無罪です。以上です。
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 こんな風に裁判は展開していきます(詳しくは拙論「模擬裁判を使った国語教育」土山希美枝編著(2018)『裁判員時代の法リテラシー 法情報・法教育の理論と実践』(日本評論社)pp.81-108をご覧ください。このシナリオの続きはp.106以下に記しています)。
 昔話なので読みの限界はありますが「人間が見えてくる」という点について言及すると、ここの出てくる乙姫はどんな人間だったんでしょうか。乙姫は浦島太郎のことが好きだったんでしょうか。教員になって暫く心理学を学んでいた頃、箱庭療法を指導しておられた先生から「亀は女性をイメージする」ことや、「亀=乙姫」バージョンの「浦島太郎」の存在を教わりました。浦島太郎は乙姫をどう思っていたんでしょう。好きな女性より両親のほうが気になったのでしょうか。
 法律面でいえば、こういったことは関係ないのでしょうが、「国語的」という限り、登場人物をXやYといった記号ではなく、人格を持った人間として見ることを大事にします。どんな人間なのか人物像を吟味するということです。人格を持った人間を目の前にしながら「法と情」の間で揺れながら判断を下すということになります。
 このシナリオを使って、高校生が市民のかたがたを対象に模擬裁判をしたことがありますし、ゼミの学生がオンライン模擬裁判の遠隔授業をしたこともあります。けっこう乙姫の罪の判断、難しいんですよ。議論がいつも白熱します。

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