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秋の山道からの足跡 #シロクマ文芸部

 木の実と葉の感触を足裏に感じる余裕なんてなかった。ただ走って、走って、走って。
 苦しくなっても、足がもつれかけても、とにかく、前に、前に、前に。
 実際には前も右も左もよくわからなかったけれど、それでも後ろは振り返らずに、前だけを見て走った。
 少女の小さな身体は、周りの葉を落とした木々を一層大きく感じさせる。それでも、少女は自分の何倍もある木々の怖さも気に留めることはない。
 落ちた枝に、小さな足がいくら傷つけられても少女は走った。

 小さな身体でどれほど走れたのかはわからなかったが、やがて少女の足はゆっくりになっていった。
 そうなっても、足の痛みも気にしなかった。
 少女が歩を進める足音がやけに響くほどの周りの静けさに圧倒されることもない。
 友だちと踏みしめて遊んだふわふわざくざくとした不思議な感触を、思い出すこともない。
 ただとにかく前へ進んだ。

 そうしてどれだけか進むと、不意に足裏に伝わる感触が変わった。
 木の実と落ち葉と枯れた枝に覆われていたはずだったそこは、舗装された道路になっていた。
 思わず少しだけ後ずさりすると落ち葉と道路の境目に立った。
 そして小さな頭を左右に振って、キョロキョロと辺りを見回す。
 ぎゅう、と小さな両手を胸の前で握りしめる。
 意を決したように、ゆっくりゆっくり振り返る。

 辺りはしんと静まり返っている。

 そこへ一台の車が走ってきた。少女は瞬時に身を固くした。ただ立ち尽くした。
 車が近づいてくるのを視界に捉えながら、ただ、立ち尽くした。
 少女のすぐそばで車が止まると、腰の曲がりかけた老婆が降りてきて少女に駆け寄った——、といってもそれは決して俊敏な動きではなかったが。
「おじょうちゃん、どうしたね」
 極めて柔らかく話しかけられると、少女はじっと老婆の顔を見た。
 少女の祖母によく似ていた。
 それを認めると、抱きついてわんわんと泣き出した。
「あれま」
 老婆はどうしたものかと逡巡したが、やがて少女の身体のあちこちに傷があることに気付いた。
「まあ、まあ、ちょっとおばあちゃんちにでも行こうかね。おばあちゃんにお話聞かせてちょうだいな」
 大声で泣く少女に言っても伝わらないかと思ったが、それでもありったけのぬくもりを込めて言った。
 そうして、よいしょぉ、と少女を抱き上げると、軽トラックの助手席に収めた。
 少女はなかなか離れなかったが、しわくちゃになった手で撫で続けると、やがてそっと離れた。
「怖かったんだねぇ」
 小さくそう言うと、自身もまたゆっくりと運転席に座り、ハンドルを握った。


 少女を捕えていた汚い小さな小屋が、遠ざかっていった。




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2024.10.18 もげら

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