見出し画像

夕焼け世界 #シロクマ文芸部

 夕焼けは終わりへと向かうための最後の演出だ。真っ赤なライトに照らされて迎えるエンディング。
 僕の両親もきっとその演出に導かれたに違いない。

 子どもの頃、僕は両親と遊園地に行った。
「そろそろ帰ろうか」と両親と手を繋いで歩いたときの、長い影は今でも覚えている。
 その帰り道に事故に遭った。僕は、両親と離れ離れになった。



 僕は園内のベンチにポツンと座る。
『遊園地』と聞いて思い浮かべるであろうポップさや華やかさは、すっかり 寂れてしまったここにはもう、ない。
 いまだ遊園地らしさを残しているのは、メリーゴーランドと観覧車くらいだ。
 空から赤いライトが降り注ぐ時間、一人きりで座っていたって誰も気に留める人もいない。
 ゆるりと空を見上げる。あの日もこんな夕焼けだった。
 あれから今日まで僕はなんとか過ごしてきた、学生生活もそれなりに送れている、——はず、なのに。
 どんな日々を過ごしてきたのかは、ひどく曖昧だ。昨日のことどころか、今朝のことさえも頭にもやがかかったように、鮮明に思い出すことができない。
 鮮やかなのは、あの日の夕焼けの色だけ。
 赤とオレンジ、それから長い影の黒。


「——、」

 誰かが、僕を呼んだ気がした。
 誰も、僕を呼ぶ人なんていないのに。

「——、——、」

 聞こえる。僕を呼ぶ声。
 赤い空から降ってくる幻聴だろうか。
「……お母さん、お父さん」

 僕はほとんど無意識に呟いていた。

「どうしたの? 観覧車に乗ってから帰ろうね」
「遊園地に来てぼーっとするなんて。疲れたか?」
 赤い空を見上げる僕の視界に、二人の人影が入り込む。
「……え?」
 僕を覗き込むように、二人——、お母さんと、お父さんが、眼の前に居る。

 お母さんとお父さんが、笑う。
「ほら、早く」
 そして僕に手を伸ばしてくる。僕はもう小さな子どもじゃないのに。
「最後まで楽しもうな」
 そう、思ったのに。
 お母さんとお父さんに伸びた僕の手は、すごく小さい。


 ああ、そうか、そうだったんだ。
 僕は——、僕も、夕焼けの演出に、導かれていたんだ。

 僕は、
 ぼくは、


 ぼくは、かんらんしゃのなかで、おかあさんとおとうさんと、わらってる。
 アカとオレンジのライトにてらされた世界。


 それから、アカい空に、きえた。




#シロクマ文芸部 企画に参加しました。




▶ 最近の シロクマ文芸部 参加ショートショート:
涙なんてかくしてしまって 8/29「流れ星」(エッセイ、のようなもの)
レモンとウキウキの朝 9/5「レモンから」
再会、できずに 9/12「懐かしい」

▶ 【マガジン】ショートショート:


▶ マシュマロ投げてくれてもいいんですよ……?!
感想、お題、リクエスト、質問、などなど


2024.10.05 もげら

いいなと思ったら応援しよう!