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現代版、夏夜 #シロクマ文芸部

 夏は夜、と清少納言は綴った。

 もしも清少納言が現代に生きていたら、決してそんなことは綴らなかっただろう。

 冬のほうが夜空は綺麗に見えるだろうし、昼間の暑さの余韻を残す夜はただひたすらに蒸し暑い。
 蛍だってひとつやふたつどころか、今では見られる場所は限られている。
 雨が降れば大きな被害が出ることだってあるし、蒸し暑さに拍車がかかる。

 そんな現代で、清少納言は『夏は夜』だなんて記しただろうか。


 川辺に沿った道を歩いて家に帰る途中の今だって、駅から数分歩いただけで汗が滲み出て不快だ。
 ベタベタと湿気がまとわりついて空気は重たい。
 見上げた空は淀んで見えて、僕は足元に視線を落とす。
 川の近くだとしても、蛍なんているはずもない。
 雨が降っていないのは幸運。

 絶対に、夏は夜、だなんて言えないよな、と改めて強く思ったそのとき。


 ドーン
 ドーン
 ドンドン
 ドーン


 突然大きな音が聞こえた。
 なんの音だ? 爆発?
 思わず足を止め、顔を上げて周りを見渡すと、打ち上げ花火が上がっている。

 若干距離はあるが、よく見える。
 気付けば、土手には何人かの人影があった。
 親子も居れば、おじいちゃんおばあちゃんも居る。
 仕事帰りであろうスーツの男女も居るし、カップルも居る。


 淀んでいたはずの空が、明るく彩られる。
 みんな、花火を見上げている。
 花火が、みんなを夢中にさせている。

 僕も、しばらくの間、ただぼーっと眺めた。



 夏は花火、だ。
 今は年越しの時期なんかにも花火が上がることもあるけれど、やっぱり花火は夏だよ。

 そうだ、
 春はあけぼの
 夏は花火
 秋は夕暮れ
 冬はつとめて
 これでどうだろう。どうだろう、なんて誰に聞くでもないけれど。

 ……つまらないな、と自嘲気味で胸中で呟いた。



 きっと、清少納言の生きていた頃の夏の夜は、素晴らしいものだったに違いないんだろう。
 夜空はいつだって綺麗で、熱帯夜なんてなくて。
 蛍はそこら中に飛んで。雨が降れば涼しくもなるし、恵みになったはずだ。


 夏は夜、だなんて綴った清少納言に、「そんなこと言っていられるのもいまのうちだぞ」と言ってやりたいけれど。
 花火の素晴らしさを知ったとしたら、清少納言はどんな言葉を綴っただろうか。



 そんなことを考えながら、立ち止まって花火を見上げる僕の背中を、幾筋もの汗が伝っていた。
 夏の夜の蒸し暑さと、花火の鮮やかさが、現実に引き戻す。






#シロクマ文芸部 企画に参加しました。

『花火』もいつかお題に出るのかなぁ。



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2024.07.13 もげら

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