花火とともに消えた秘密 #シロクマ文芸部
花火と手に銃を持ったその後ろ姿の、コントラストが忘れられない。
その日は花火大会で、会場には多くの人が集まっていた。
私も友だち数人で見に行っていて、楽しみにしていた。夏の一大イベントだ。
ほとんどの人が浴衣か普段着のようなラフな格好だったけれど、その人は上下きっちりとスーツを着ていた。
だからなんとなく目について、仕事帰りなのかな、と思った。
といっても、スーツを着た人は他にも居て、別段目立っているだとか興味を惹かれるだとか、そういうのではないはずなのに、何故か私の目は彼の後ろ姿を追った。
友だちと会話をしながらもチラチラと視線を向けてしまう。
ドン、と花火が打ち上がった。
みんなが一斉に空を見上げて歓声が上がる。
ドン、ドーン、と次から次へと打ち上げられる色とりどりの光に、魅入る。
それなのに、私はまた彼の姿に目を向けた。彼は空を見上げることなく、顔をまっすぐ前に向けていた。
花火大会に来ていながら花火を見ないなんて、と自分のことを棚に上げてそんなことを思った。私だって、花火を見ずに彼の姿を追っている。
不意に彼の右腕が持ち上がって、おそらくスーツの内ポケットを探っているようだった。
そして腕がまた元の位置に戻ると、手には何かが握られていた。
頭上に上がる花火の明るさで、彼の姿はシルエットにしか見えない。
彼の右腕が、スッと上がった。
「あ、」
思わず出た声は、花火の音にかき消されて隣の友だちにさえ聞こえなかったようだった。
私の声だけでなく、彼の姿も、きっと私しか見ていない。
その場にいる誰もが、瞬く光のショーに釘付けになっている。
光に照らされた黒いシルエットから、私は目を離せずにいる。
彼の手が、また内ポケットに戻った——、のだと思う。
前方の方では人々がざわつく気配がする。
たぶん、「きゃー」とか「わー」とか声が上がっているはずだけれど、なにも聞こえない。
聞こえるのは、花火が打ち上がる、ドン、ドン、という音だけ。
彼が踵を返した。
目が、合った。
やっぱり彼の姿はシルエットのようだったけれど、彼の表情が、見えた気がした。
彼は一瞬だけ驚いたような表情を見せたあと、少しだけ微笑んだ。
そして、右手の人差し指を立てると、自身の口元に添えた。
『内緒』
そう言われたと思った。
私はコクリ、と小さく頷いた。
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2024.08.16 もげら