あぶら レプンカムイ
北海道沿岸は、ニシンの産卵に伴って海に白い帯ができる「群来」が春の訪れを告げる。春と言えば鰆が旬であろうか。よく旬の魚は脂がのっていておいしいと言われる。旬の魚についている多量の脂は、産卵期前に豊富な餌を食べることによってついたものである。ドコサヘキサエン酸(DHA)やイコサペタエン酸(EPA)などは聞いたことがあるのではないだろうか。魚の脂は、脂それ自体がおいしいわけではなく、満足感や旨味の増強効果、接触意欲の発現などが示唆されている。
脂について身近なところでいうと、たとえばスーパーなどで買い物をする際に、天然魚と養殖魚の値段の差から始まって味の差について考えることもあると思う。一般的に天然魚は養殖魚よりおいしいというような声も少なくない。だが実は脂の量では餌に困らない養殖魚が勝っていたりする(単に餌の質が違うためという理由も考えられる)。脂と味の関係は一筋縄ではいかないようだ。
深海の魚に目を向けると魚とアブラの"より奇妙な"関係が見えてくる。水深200m以深に生息する深海魚の中で、アブラとも関係が深い魚と言えば「バラムツ」の名を挙げないわけにはいかない。バラムツ及び、それとよく同一視されるアブラソコムツと呼ばれる二種の魚には、ワックスエステルと呼ばれる蝋と同じ成分が多く含まれており人体で消化することはできないため、食後(汚い話ではあるが)肛門から垂れ流しになる場合や、足の裏から出るといった事例もあるようだ。これによりバラムツは、食品衛生法第2章第6条第2号に該当する食品であるため流通が禁止されており、入手することは少し困難であるが、今後、本誌でも実際に食して紹介できればと思っている。
人間にとって脂は旨味を引き出す要因の一つであるが、海洋にすむ生き物にとっては生活に必要な要素となる。例えば、深海魚の多くは水圧から身を守るため、サメやエイなどの浮袋をもたない軟骨魚類は浮力を生み出すため、クジラやイルカは周辺の環境認知やコミュニケーションの手段としての音を反響させるためなど、用途は多岐にわたる。上述の通り、産卵期に蓄える脂も、なければ産卵のエネルギー消費を耐え抜くことができないのだ。料理を食べる側として自然界で生き抜くための脂であることに思いをはせれば、より深く旬の味を味わえるかもしれない。
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