未来の大人たちに伝えていくこと
今年の9月から、私はある仕事の見習いをやっている。
仕事の内容は、地域の学校の子供達の前で話をするというもの。「福祉教育」と呼ばれている。
私は、生まれつき視覚障害を持っている。
歩く時は白杖を持つが、全盲ではなく、少しだけ視力のある弱視である。
顔のすぐ前しか見えないし、小さな文字も読めない。
だけど、スマートフォンやPCの操作は、画面を拡大したり音声読み上げなどの機能を使うことで操作できる。
白杖も使うけど、スマホも使う。
私にとっては、それが当たり前の日常だ。
ところが、世の中にはまだ、私のような人の日常を知らない、信じられない人が大勢いるらしい。
SNSを見ていると、「見えるくせにインチキで白杖持ってるんだろ?」というようなことを通りすがりの人に言われて悔しかった、という投稿を見かける。
とても腹立たしいし、悲しくなる。
いまだに、「白杖は全く目が見えない人しか持ってはいけない」、「視覚障害者はスマホを使えない」という偏見は根強いようだ。
私は、そんな世の中はおかしいし、視覚障害者だけではなくて他の障害や病気の人も生きづらいと思う。
視覚障害者と言ってもいろいろな状態の人がいるし、道具を使って解決できることも増えてきた。
そういうことを多くの人に伝えたいと思った。
だから私は、インターネットで、自分が見ている世界のこと、生活のこと、日頃考えていることについて発信してきた。
すると、それを見た母校の盲学校の先輩が、「小中学校での福祉教育の仕事をやってみない?」と声をかけてくれた。
最初は少し迷った。
なぜなら、子供達の前で障害当事者が講演をする仕事は、何かすごい特技を持っていたり、健常者と肩を並べて仕事をしていたり、子育てをしていたり、そういう人がやるものだという思い込みがあったためだ。
私なんかが引き受けていいのだろうか、と。
だけど、福祉教育には障害のことだけではなく「社会にはいろんな人がいるよ」ということを知ってもらう目的もあると気付いた。
私自身は、人に誇れる特技もないし、仕事も家事もあまりできない。
だけど、自分ができることは少しずつやっているし、友人、知人の視覚障害者にはいろいろな人がいる。
それに私は、「弱視」である。
そういう話をすればいいのではないか、と思った。
未来のためにできること。それは、未来の大人達に私のこと、周りの人のことを伝えることだと考える。
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