今、喉を通ったもの
第三プラントの三四階層は一般労働者用の補給室で、上の二階層で調理された食事がホースを介して提供される。一番リーズナブルな定食は日替わりで、同じような料理でも少しずつ具材や趣向が違う。食事に全く課金しない一般人は軒並みここで食事を済ませる。
席について、認証チップが埋め込まれた手を翳すと、アレルギーや好み、健康状態や行動記録が自動的に分析され、その瞬間に最も適したセットが配給される。
尤も、アレルギーはほぼ完全に矯正され、著しく健康状態を悪化させるファクターも存在しない現代では、簡易な確認が行われる程度で大半が同じタイミングで同じ食事を補給する。
上階ではプラントの労働者約五万四千人を養うための食事が常時生産されており、稼働していない時間は無い。ひっきりなしに仕入れられた食材を洗浄し、殺菌処理を加え、ホースを容易に通れるサイズまで切り刻み、煮込んだり、焼かれたりしている。無論この過程はほぼ人間の手を介さない。
「第三十五階層にも一応労働者はいる。何をしていると思う?」
「いや、何だろう。複雑な形状の野菜の洗浄とか?」
着席。
「ははは。面白いことを言うね。機械で洗えないような形状の物はプラントに持ち込まれないよ。でも惜しいところを突いたね」
「惜しいところ?想像もつかないね」
認証。
「調理機材と機械のメンテナンスだよ。食堂で一番働いている人間は機械工って言うね」
「それは付着したシブを取ったりするのかい?」
上部供給口、開口。バルブのような機構が備わったノズルが降りてくる。長いホースがそれに続いて垂れてくる。
「食材の汚れを除去するのは全体の十分の一にも満たないね。仕事の多くは機材の頸の部分、ジョイントの手入れやら。機械自体の自発アラートへの対処やらだ。後は部品を交換したり、内部気圧を調節したりとかだったけれど、これも作業量が減ったからな。お役御免ってわけだ」
「何はともあれ、新しい仕事がすぐに見つかって良かったよ。転職おめでとう」
ホースの位置を自分の口元に調節し、バルブを適度に開いて、充分に軟化した食材を流し込む。
「うーん。まあ、そこそこに上手いか。個人的には一昨日の方が良いね」
「そうか、多分昨日の奴の方が少しお高いんじゃないか」
「一食当たりプラスマイナス五円にしかならない価格の違いよりは好みの方が信じられるね」
「ふん、味が解る人間なんて今日いるのか」
食事、というよりは補給。
「塩ナトが含まれていることは何となく」
「毎回必ず、植物性たんぱく質が含まれている。後は少しばかり必要な栄養素が決まっている」
少しバルブを閉める。料理の流れが遅くなる。
「アルギニンとか?」
「必須アミノ酸は絶対に自動調節で入ってくるかな。あと一番大事なのは鉄と糖かな」
感触的にもう少しで食べ終わる。咀嚼は結構適当でも呑み込める。
「何か変わった具材とないの?」
「面白いのは海藻由来のフコキサンチンと、貝類由来のオルニチンとかがたまに。あっ、丁度今日のだったんじゃないか」
二人とも食べ終わっていた。食事完了を感知したノズルが自動で引っ込んでいく。ホースはスルスルと天井に吸い込まれて消える。あの奥でノズル部分が自動で取り外されて、洗剤と高圧の熱湯で徹底的に洗浄される。
「それって今でも貝とかから摂っているの?」
「そこまでは解らないな。なんか完全に食材が摺り潰された茶色のパックを沸騰手前の湯に溶解させるだけだから」
「それパックはどこから来ているの?」
「それはパック食品を生産するプラントだから、南方の第六だね」
「貝とかどうやって生産しているのかな」
「水産プランテーションで養殖されているって聞いた。でも、どんな感じかっていうのはよく解らない。加工前の軟体動物みたいなのが剥き出しで浮いているのかな。あれって泳げるのか」
へぇ、と適当に相槌を打った。顎関節強化用のミントキシリトールを口に放り込むと僅かに残っていた塩ナトの味も消えていった。口腔には爽やかな空気だけが残っている。
ふと、思った。貝ってこうやって生きているのかなぁ?
※写真はいらすとやhttps://www.irasutoya.com/2014/02/blog-post_8727.html 2022年9月20日取得