雑記0706:はたしてTwitterはおわるのか?
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タイトルはカーネーション「はたして野菜はどうなのか?」が元ネタだが、僕の読者でカーネーションを聴いている人は何人もいないと思うし、この曲はインストだし、矢部さんの新譜は出るし……ええと、なんの話をしようとしたんだっけ?
訳がわからないことが立て続けに起こり、バタバタしているうちに7月になった。
七夕の笹飾りに願いごとを書いた短冊を結えておらず、バタバタしているうちに七夕も終わってしまったが、僕の願いごとは「世界人類が平和でありますように」もしくは「非課税で100億円ほしい」である。
あまりにも疲れ果てており、世界は平和であるに越したことはないし、お金もあるに越したことはないというような当たり前のことしか考えることができない。
いや、仕事ではもっとフクザツなことを考えざるを得ないのだが。
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ランチを食べながら地元・市川市の友人と話していて、「やっぱり市井には文章を書きたいという人が多い」というような話を聞いた。
なんでも、市川でも「市川文芸倶楽部」という団体が存在するらしい(活発に活動しているわけではないらしいが)。
せっかく文章を編んだり、書いたりする仕事をしているのだから、僕も機会があれば「文章を書きたい」という人たちのお役に立つような活動をしてみたい。
赤字にならぬ程度のお代がいただけるんであれば、しゃべったりワークショップをやったり、あるいはZINEをつくるところまでやっても面白いかもしれない。
加えて、編集の技術というのはいろいろと応用が効くので(名物編集者の性格や生き方に負う部分は技術ではないので真似できない)、これも興味のある人がいれば、開陳するにやぶさかではない。
これからどんどん若い人は減っていくので、これを読んでいる僕より若い人は、いろんな人からいろんな技術を学ぶのがおすすめである。
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十数年にわたって愛用してきたTwitterがいよいよ大変なことになりつつある。
ここ数年は確かにあまり楽しくなかったのだが、それでも宣伝ツールとしては大きいし、ニュースを取得するためにも使う。
Threadsはそういう意味では役に立たないし、Truthsocialは限界オタクの遊び場、そんなわけでBlueskyに期待するしかない。
Blueskyは招待制かつ、招待コードを渡した側もある程度の責任を負うので、いまのところ質の低いユーザーは(いるのだろうけど)ほとんど見かけない。
これはBlueskyにも書いたのだけど、大きなアカウントでなくても、ユニークな一次情報を提供してくれるアカウントが僕にとっては大切で、そういう人が集まる場としては期待が持てるだろう。
とはいえ、世は(突然到来した)SNS戦国時代、当面はいろんなアプリの通知をチェックする煩わしさから逃れられそうもない。
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