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虹色フラッグのゆくえ
ムスリムとLGBTって難しい。
イスラム教では、そういった存在は神の創った秩序にそぐわないと考えるからである。
そしてマレーシアでは、同性婚は違法である。
マレー人の友達との会話で印象に残っているものがある。
好きな歌手はだれ?という質問をしたときのこと。
「イマジンドラゴンズとかマルーン5とか聞く」
「え、私もめっちゃ好き!」
「それとサムスミスも聞くけど、彼はゲイだからなあ…。だから好きなのは歌だけ!」
なるほど。
そういう捉え方なのか。
その他のことには寛容な彼女だけに、結構ショックを受けたのを覚えている。
彼女は同性愛者は「アンナチュラル」であると言った。
どうしてもその言い方が好きじゃなくて、なんとか反論しようとするが、
「でも、人を好きになるのってナチュラルじゃない?」
「子どもできないじゃん」
すべてこの一言で終了である。
イスラム教として禁止されているのは知っていたけれど、個人レベルでも否定的なことに驚いた。
またあるときは授業中に、
「法律は無くても良いと思うか?」
と先生が尋ねた。
しかし抽象的でみんな何と答えていいのかわからなかったので、先生が例を出した。
「もしも、結婚に関する法律が無かったら?同性同士で結構できてしまったら?」
先生が言い終わる前に、みんな一斉に
「ノー!!」と言い出した。
なかなか唖然としてしまった。
え、そんなにだめ?
実際にゲイの友達もいるので複雑な気持ちになった。
SNSが発展したこの時代に、LGBTをサポートする世界の流れに全く沿っていないことにも驚いた。
もちろん、都市部と田舎では違いがあると思う。
都市部には公にはできないがなんとなくLGBTの人たちが集まる場所、というものが増えてきたらしい。
ただ田舎では、バレたら親に勘当されるためカモフラージュで結婚してすぐ別居、ということだってある。
決してイスラム教やムスリムの人たちを批判したいわけではない。
彼らには彼らの信仰があって、正義があって、生活がある。
尊敬しているところもたくさんある。
ただムスリムの中にもセクシャルマイノリティーである人たちは少なからずいる。
ひとりのムスリムの友達が打ち明けてくれたことがある。
「僕はLGBTをサポートする。将来はムスリムのいない国に住んで、自由に好きな人をつくりたい。」
正直に言うと、私には宗教との折り合いの付け方なんて検討もつかない。
ただ、彼のような人がもう少しハッピーで機嫌よく暮らせるようになるといいな、と思う。
マレーシアは多民族共生国家である。
民族共生への意識は高いかもしれないが、マイノリティへの配慮という点ではまだまだ鈍感なところが多いのかもしれない。
LGBT社会運動の象徴である、レインボーフラッグを堂々と振れるようになるのは時間がかかると思う。
でも"取り出す"くらいなら、そろそろ始めてもいいんじゃないかなあと、彼が好きだという俳優の話をしながら思った。