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【カサンドラ】 2.1995-横浜-1

緩い弧を描き、指先から長く三角形に尖ったスカルプチュア。
透明から淡いブルーになるグラデーションをベースに、ヤシの木のネイルシールを選び、
弧に沿わせて貼り付けてから、トップコートを被せる。
いくつものシルバーリングを嵌め、綺麗に装飾された鋭利な指先で細い煙草を挟むと
この世の全ての男の心を操れるような自信が沸いてくる。
煙草を挟んだ指を揃え、両手の甲を上に向けてその華々しさに見惚れていると
けたたましい音を立て携帯が床でバタバタと踊り出した。
自慢の指先で救い上げ、手にまとわりつくハイビスカスのストラップを避けてパールピンクの携帯を開く。
画面は0:42と時刻を告げ、次に「RIKO」という灰色の電子文字と電話番号が流れた。
受話ボタンを押す。

「オト?何してんの?^^ 山下行かない?^^」

本名とは無関係の「オト」とは、
小学生の頃、仲の良かった友達「エリ」とユニットを組んでアイドル歌手の真似事をしていた時についた
ステージネームだった。
”オトエリ”という名前で、教室の黒板前に立ち不定期でコンサートを行う。
中学生になりユニットは自然消滅したが、
私はその後もずっと、そのステージネームで呼ばれ続けていた。


4月が誕生日で、高校在学中に運転免許を取得した理子は身長が170cm近くあり
小さい顔に沿うように短くカットした金髪が海外のスーパーモデルを思わせる。
高校の頃はよく、午前の授業を終える頃に帰宅し、当時流行りの軽自動車に乗り学校に戻ってきて
仲の良い男女を乗せては、授業をサボっていろんなところに遊びに行った。


ランドマークタワーや赤レンガ倉庫、眼下に広がる青を見渡せる横浜のデートスポット、山下公園。
夜になると公園沿いの通りにたくさんの車が停車する。
停まっている車の横には、何台もの車が列を成し
順番が来るとゆっくりと車を進ませ、停車している車の真横に停める。
その一連の動きはまるでドライブスルーのようだ。

助手席の男性が身を乗り出して停車している車の運転席を覗き込み、数分間の会話を交わす。
しばらくすると停車していた車が発車して、待機側の車がその後を追い
2台は夜の街に消えていく。これは交渉が成立した場合だ。
ここは横浜切ってのナンパスポットだった。

理子は自分の家から車で10分ほどのアパートに住んでいる千恵を乗せ
鎌倉の奥地にある私の家まで迎えに来た。
舗装されていない道路に田んぼや畑、コンビニさえない真っ暗なこの十二所という土地は
派手な音楽を流した車が停まっていると一晩でご近所中の噂になってしまう。
母がそれを嫌がるので、家に来るときは音楽を止めてくれとお願いしていたのだけれど
ノリノリのヒップホップが身体の芯に響く振動で、部屋に居ても車が着いたのがわかった。
メイクの途中だったが、荷物をかき集め母に文句を言われる前に急いで家を出た。
助手席を覗くと、原色のひまわりがプリントされた紺色のチューブブラとデニムスカートのみの装いの千恵が
すっぴんから顔を作っているところだった。
私は後部座席のドアを開けて乗り込み、今履いたばかりの厚底サンダルを脱いだ。
薄べったい箱に入ったヴァージニアスリムに不愛想に火を点けると
2週間ほど前海で知り合ったそれぞれの相手とどうなったかを
笑い話を交えて交換し合った。

山下公園に着いて、空いている場所を見つけ停車すると3分以内に隣に車がやってくる。
車種や内装、かかっている音楽のジャンルやカーフレグランス
私たちは無意識に手分けして観察し、助手席のウィンドウから見える男達の”人種”を嗅ぎ分けた。
カルバンクラインのロゴが覗く腰履きのデニムと、日焼けした肌。メッシュの入った長髪に、レイバンのサングラス。
私は自分のタイプが車内にいるかを、後部座席のスモークの内側から見破るのが得意だった。
理子が何台かをかわし、4台目辺りで振り向き、私にアイコンタクトを求めてきた。
車種はシボレーの白いアストロ。踏切が渡れないほど車高を下げていて、ウーハーからはヒップホップが響いている。
なるほど、理子のタイプがこの中にいると判断して、後部座席のウィンドウを降ろした。
相手が窓を全開にしていたので見えてはいたけれど、後部座席にボーダーのポロシャツを着た長髪の男が座っている。恐らく理子はこの男を狙っていると思った。

車内全員一致で、この車に着いていくことにした。
運転席のバックミラーは車幅いっぱいの長さのウィンクミラー、
車の上にはサーフボードを積むためのキャリアが付いている。
後ろの観音開きのドア部分にはサーフブランドの大きなステッカーが貼られていて
まさしく今時のサーファーの車だった。
彼等の後に着いてから10分ほど走った防波堤の手前で、一旦車が停まるようだ。
真っ暗だが、道が開けているので怖くはない。
テールランプが一度煌々と灯り、再び眠るように消えてから、男性が4人降りてきた。
先ほど後部座席にいた男性は、口にマルボロをくわえたまま外に出て、肩まで伸びた髪を一旦前にフラし
一気に後ろに煽ってから、私と目を合わせて口角を上げた。

近くのコンビニで缶酎ハイと花火を買い、
4人の男と3人の女は、以前から友達であったかのようにそれぞれ談笑を始めた。
先ほどの長髪は学(まなぶ)という名前で、ガクと呼ばれているらしい。
運転席にいた一番まともそうな黒髪短髪の男は、ストライプのシャツを脱いでタンクトップ姿になると
二の腕から肩にかけてがっつりと和彫りの龍が昇っており
端正な顔立ちとのギャップに思わず胸が高鳴った。
こうゆう男が一番上手く心を持ち去っていくのだ。
やはり理子はガクが狙いのようで、私の隣にいた彼の横に腰を下ろして話し込み始めたので
私は運転席の男と酒を交わしたり、千恵を含めた他2人の男の方へ混じり花火をしたり怪談話をしたりしているうちに
空が明るくなってきた。
この日は到着した時間が遅かったので、連絡先だけ交換して帰ることにした。

その数日後、千恵からメールが来た。
今週末横浜にあるクラブで、千恵の好きなアーティスト縛りのイベントがあるから
助手席にいた金髪の男と、ガクと4人で行こうという誘いだった。
いいよと短く返信して、仕事に向かったが
私は体感し慣れた優越感に心を躍らせた。


Chaka Khan- I Feel For You

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