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【カサンドラ】 18.乱争
やっと手にできた、自分の店。
そこへ、国内の取引メーカーから引き抜いた27歳の男性、真嶋が入店してきた。
しゃがれた声で関西弁を喋り、漲る熱意を露わにする鬱陶しい男だった。
ポジションは私の下だったが、
この店を自分のものにしたい真嶋は、私がいない日に勝手にディスプレイを変えたり、
入店する客に片っ端から声を掛け、他のスタッフに接客させないようにする
業界御法度のやり口を使う男で、スタッフからも嫌がられていた。
ある日、私が声を掛け接客していた客から私が少し離れた隙に、
真嶋が割り込み話を弾ませ2万円のロングコートを売った。
レジに居た私は笑顔で会計を済ませると、その商品タグを自分の名前のボックスに入れた。
私の売り上げにしたのだ。
すると一部始終を目で追っていた真嶋は眉を吊り上げ、小刻みに身体を震わせながら右手の拳を私の左頬に押し当てた。
私は避けることもせずその腕を払い、右手で真嶋の着ているシャツの胸ぐらを掴み
「てめぇ何様のつもりだよ。汚ぇやり方すんじゃねぇよ!」
と、太い声で腹の底から怒鳴りつけた。
女に手を上げると自分が不利になることを考えて、こいつは私を殴らないはずだ。
真嶋は払われた右手で私の左腕を掴んだまま一言も発さず、怒りに満ちた瞳で私の目を見ている。
そのまましばらく罵声を投げつけていたが
レジの奥で揉み合っている私たちを脇目に、スタッフの子が起きている事態を隠すように振る舞っていることに気付き
我に返って真嶋のシャツから手を離した。
相当の力で握られていたのだろう、私の左腕には真嶋の指が深く食い込んだ痕が残り、全身がガタガタと震えていた。
この一件と、普段の彼の祖業を上司に報告し、
私は真嶋がクビになるものだと思い込んでいた。
翌日彼は店には来なかったが、辞めるのではなく本社勤務になったようで
特に大きな動きはなく終息した。
しかし翌日からアキちゃんが店に来なくなった。
2日ほどして彼女のほうから連絡があり、数分間会話を交わした時、
電話口で彼女が言った言葉を、私は今もはっきりと覚えている。
「店長が真嶋さんと喧嘩したって聞いて、もう行けないなぁと思って。」
「どうゆうこと?真嶋のこと嫌がってたじゃん。」
「私は店長が嫌でした。」
その発言に驚いて、声が出なかった。
彼女とはうまくいっていると思っていたのは、私の勘違いだったというのか。
「店長は私たちのこと、全然見てくれてなかったと思います。
店長がいない時にサボってるスタッフが店長にいい顔すれば
店長はそれを信じて、私たちを怒るじゃないですか。
そうゆうのが他にもたくさんあって。
ゆーりんの件、私池袋の店長に泣いて電話したんですよ。
そしたら、あり得ない判断だって言ってました。
それで池袋の店長がMDに連絡してくれたんです。」
私は愕然とした。
まさか、アキちゃんが私を信頼してくれていなかったなんて
この時までまるで気付いていなかった。
私は店長として完璧に演じきれていると思い込み、突き上がっていた。
"演じきれている"
その下には、ナメられることを恐れ、部下を頭ごなしに怒鳴る幼い私がいた。
スタッフのためじゃない。
私は弱く非情な本性を隠すために権力を利用していただけだった。
2年、一緒に店を支えてきたスタッフの本音を聞いて、自信を失くし
私の売り上げはみるみる落ちていった。
アキちゃんが辞めてから一ヵ月もしないうちに、
私を姫のように崇めていたMD、山本から呼び出しをくらい
4月までに1000万、売り上げなければ、
店長を降格させるという忠告を受けた。
売上へのプレッシャーで、食事が喉を通らない日々が続いた。
店長を降格すると、別の店舗に移され
誰かの言うことに敬語で返事をする一スタッフからやり直しになる。
そんなことは、私の安っぽいプライドが許さない。
しかし体は限界を越え、体重は再び30kg台まで減り
私は結局店を自主退職した。
MISIA - 陽のあたる場所
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