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アジア音楽祭2025 in Kawasaki (第37回アジア作曲家連盟音楽祭) 室内楽コンサート Ⅲ Strings

プログラム
ヂャヨン・ベク(韓国): The piece of memory for two violins **(松岡氏、亀井氏)
ユーフン・ウン(シンガポール): I Came, I Slept, I Departed **(弦楽四重奏)
今村 央子 (日本): 此処-池田澄子の俳句による- *(迫田氏)
久保田 翠 (日本): 秘密のことば *(弦楽四重奏)
アリス・ダリョーノ(インドネシア): Cekaking Carita *(弦楽四重奏)

演奏
ヴァイオリン:松岡 麻衣子・亀井 庸州
ヴィオラ:迫田 圭
チェロ:竹本 聖子

恒例の音楽祭に初めてうかがう。

ペク作品…タイトルの"piece"は"曲"であり、記憶の"一片"の意でもあるか。同音の単純なユニゾンから始まるけれど、音形がどんどん複雑になり、楽想も激しくなっていく。アップのボウイングでのクレッシェンドなど厳しい表情の音が印象に残る。2本のヴァイオリン双方にあらわれる、つんのめるような音は、思い出せそうで思い出せない、もどかしい時間を思い起こさせる。

ウン作品…民謡風のふしがソロで弾かれ、ほかの楽器によるハーモニーに包まれるのだけれど、後者にはハーモニクスや微分音が用いられていて、どこか歪である。プログラム・ノートによると「なじみのある「よそ者」、つまり共同体の一員でありながら共同体から疎遠になっている個人というアイディアを探求している」とのこと。素直なコンセプトによる佳作。

今村作品…ベテランの筆致。池田澄子氏による5句の俳句の情趣を、説明しすぎることなく、簡潔に綴っていく。ヴィオラの音色の魅力が十分にひき出されていた。1曲目の「ここ」ないし「これ」のリフレインを模したと思われるフレーズが耳に残った。グレゴリオ聖歌を彷彿とさせる5曲目のふしも印象深かった。

久保田作品…有名曲の録音の再生と、それをバックに作曲家が語ることばを採譜したものを素材とするという。曲の断片が弾かれるたび、いずれかのパートがことばを模倣する。発話は初め曲に全く馴染まず、浮き上がっているのだけれど、徐々に曲の中に溶け込み始める。けれど、完全に一体化することはない。最後に全パートが一斉にことばを模倣する場面で、音楽とことばの明確な断絶が露わになる。ことばを楽音で模する作品は、最近よく耳にするのだけれど、手法の必然性が今ひとつ明確でない憾みがある。本作では、発話と音楽とを有機的に結ぶことによって書法が説得的なものになっていると思う。

ダリョーノ作品…動きを抑えた音楽。聴衆は長く弾かれる音にじっくり耳を傾けることとなる。プログラム・ノートにある「楽譜を解釈する上で奏者同士の相互のつながりと一体感を優先させるガムランの背後にある哲学に重点を置いている」との記述に納得。もっとガムラン特有の音律が看取しやすい形で示されていれば、さらに聴きやすくなったか。

いずれの作品でも、現代作品に通じた名手たちによる、真摯な演奏が展開された。

休憩なし・70分弱と短めながら、聴きごたえのあるコンサートで、各作曲家の個性がよくあらわれた作品たちだったのではないかと思われる。コーディネーターの目利きによるものだろう(プログラムや公式Webサイトに選曲の経緯などに関する記述が、せめて概略だけでもあればありがたいと思う)。

主催 一般社団法人日本作曲家協議会
共催 ミューザ川崎シンフォニーホール(川崎市文化財団グループ)
助成 芸術文化振興基金助成事業/一般社団法人日本音楽著作権協会/公益財団法人三菱UFJ信託芸術文化財団
協力 アジア作曲家連盟(ACL)
後援 一般社団法人日本音楽作家団体協議会(FCA)
※神奈川県マグカル展開促進補助金助成公演
(2025年2月5日 ミューザ川崎 市民交流室)

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