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音の始源を求めて Presents J・C・エロア『楽の道・マテリアル 』電子音楽マラソン2025
フランスの作曲家ジャン=クロード・エロアが1977〜1978年にかけてNHK電子音楽スタジオで制作した「楽の道」。この作品の「遺された素材テープ<2トラック14ロールと4トラック8ロール>を連続再生」するイベントである。
制作過程を詳細に記録したノートが残されており(「メモ魔」であった技術者・大石満氏の手によるものとのこと)、上演中に投影された。そのおかげで、作品中で用いられている素材が把握しやすくなり、大変ありがたかった。ノートは編集作業を細かく記録しており、もっぱら手作業によって地道に制作を進めた様子が克明に記されている。気の遠くなるような作業であったことがありありと想像される。
作品は、しばしば聴くものを圧するような大音声になったりもするのだけれど、個々の音がとても丁寧に形作られていることが感じられ、聴いていて萎縮させられるようなことはない。これは、作家と協働したエンジニアたちの力によるところが大きい。
激しい音の奔流は、作家が採集した音を通して、何とかしてこの列島の奥深いところにあるものを掴み取ろうという態度のあらわれなのではないか。
音素材として、多重FM変調なる手法を重ねた抽象音のほか、作家自ら、東京、京都、奈良と、さまざまな場所に赴いて採集した具体音が用いられているという。
作曲家が音を集めた際の姿勢は、フィールドレコーディングとは全く異なるものだと感じた。時として原型をとどめないところまで加工を重ねていることが多い。変わり果てた音を流したあと、ほんの少しオリジナルの音を聴かせて種明かしするという場面も時折見られる。作家の施す加工は、それによって何らかの表現を作り出すというよりは、音の深いところにまで切り込み、ひたすら腑分けを試みることで、背後にあるものを引き出そうという姿勢に見える。
5時間に及ぶ大作ながら、聴き終えたあとに嫌な疲労感がない。むしろ後味が極めて爽やかで驚く。作家の真摯な創作姿勢によるものなのだろうと思う。
途中、鹿おどしを使ったシークエンスがある。わたくしたちの感覚としては、竹筒が石に当たったあとの静寂に意識が向かう。けれども、作家の関心は竹筒の打撃音そのものにあったようで、音自体が変容させられていく。感覚の違いが露わになっていて興味深い。
ほかにも、地を這うような低い音域にシフトされた「越天楽」や、高音域に変調され、きいきいと聴こえる尺八の音など、思いもよらない趣向が見られる。しかし、いずれもそれほどの違和感はなく受け入れられるし、新しい切り口を見せてもらったと感じられる。
全編の終わりに、ある有名なふしが聴こえてくる。その周りで唸りを上げているのは戦闘機の爆音とおぼしい。本作が作られた頃と社会状況は変わったけれど、国の本質は何が変わったのだろうと思う。
今回も、作曲者と技術者の強い想いが感じられるひとときだった。
主催:音の始源を求めて
協賛:株式会社ジェネレックジャパン
協力:スリーシェルズ
助成:公益財団法人朝日新聞文化財団
公益財団法人かけはし芸術文化振興財団
(2025年2月15日 Artware hub KAKEHASHI MEMORIAL)