アンサンブル・ノマド 第79回定期演奏会 "プシュケー・息" vol.2:ポエティカ逍遥
<プログラム>
1 J. ダウランド(編:高本一郎):いま、君に会いたい(c.1597/2023)
2 松本真結子:瞼の裡に〜ソプラノ、テオルボと9人の奏者のための(2023)~世界初演
3 J.オケゲム(編:H. バートウィッスル):孤独な隠者のように(1969)
4 星谷文生:セレナータ(2022/2023) 改訂版初演
5 J. ロドリーゴ(編:渡辺裕紀子):4つの愛のマドリガル(1947/2023)
6 藤倉 大:ゆりいろ 〜二十五絃筆と弦楽四重奏のための(2019/2023)〜アンサンブル版世界初演
7 H.バスケス:旅の印象(2016)~全曲演奏日本初演
8 G.F.ヘンデル:音楽劇『ヘラクレス』(1744)より「どこへ逃れよう?」
9 田中翔一朗:死を想え(2023)~世界初演
10 C.モンテヴェルディ:歌劇『オルフェオ』(c.1607) より「愛するペルメッソ川のほとりから」
<出演者>
Ensemble NOMAD
木ノ脇道元(fl) 菊地秀夫(cl) 野口千代光・花田和加子(vn) 甲斐史子(va) 菊地知也(vc) 佐藤洋嗣(cb)
宮本典子(perc) 稲垣 聡(pf) 佐藤紀雄(gt/cond)
Guests
Vox Poetica(ソプラノ:佐藤裕希恵/テオルボ:レオナルド瀧井)木村麻耶(二十五弦箏) 松本卓以(vc)
主催:一般社団法人 アンサンブル・ノマド
ゲストにVox Poetica(佐藤裕希恵(ソプラノ)・瀧井レオナルド(テオルボ))と木村麻耶(二十五弦筝)、そして松本卓以(チェロ)を迎えての演奏会。
ダウランド作品…テオルボの独奏から、ノマド・メンバーによる演奏に移ると、音の世界が古典から現代へとがらりと変わるのがおもしろい。
松本作品…閉じた瞼の中に見える残像がテーマとのこと。聴いてみると、残像というより、この夢でみたとりとめのないイメージの連鎖のような印象を得た。全体に、さわさわと涼やかに鳴る。弦楽器群がかすかな声を伴って和音を奏でる部分が特に興味深い。佐藤氏の、器楽と自然に接続する声が素晴らしい。
オケゲム作品…割に素直なトランスクリプション。テンポは変わらずに音価が細かくなることで緩から急への変化が表現される。古い時代の音楽の建て付けがよくわかる。
星谷作品…半ばくらいまでは、テオルボに導かれてアンサンブルが演奏しているのが、徐々に主体的に動き出す。ユニゾン風に音を繋いでいく部分がおもしろい。全く性格は異なる音楽だけれど、B.マデルナの「セレナータ第2番」への思いも含まれているのだろうかなどと感じた。
ロドリーゴ作品…原曲の味わいをよく活かしたアレンジとおぼしい。楽しく聴けた。
藤倉作品…筝独奏曲のアンサンブル版とのこと。弦楽四重奏は、筝のパートに陰影やアクセントを施し、かつ、曲の構造を立体的にみせていると思われる。もとの曲も聴いてみたい。筝の本来の特性を活かすというよりも、洋楽器に寄せている感じも受けた。木村氏が繊細で気迫のこもった好演をみせた。
ヴァスケス作品…歌と弦楽四重奏で、テクストは近世から近代の俳句10句。各句の表象する風景や季節を巧みに音であらわしていると思う。間奏を歌も含めて各楽器が順番に担う。聴きやすい作品である。ただ、10句の季語をみると、春→無季→冬→秋→秋→冬→無季→秋となっている。せっかく俳句を使ったのだから、季節の時間的順序を考慮してくれるとさらに自然だったか。
ヘンデル作品・モンテヴェルディ作品…悲劇的なヘンデルと、雅やかな情感を湛えたモンテヴェルディの、対比の鮮やかなこと。佐藤氏の、表情豊かだけれど、細やかに練り上げられた歌唱に魅了される。ノマドの、特に弦メンバーの音が、程よく枯れた味わいを醸し出していて、魅力的だった。
田中作品…ヘンデルから切れ目なく演奏された。ベルクのヴァイオリン協奏曲を素材とする作の一つとのことで、マノン・グロピウスとアルバン・ベルクの頭文字、没月日の数字などを持続や構成として用いている。感情とは無関係に配置された音たちなのだけれど、何らかの含意を帯びて聴こえてくるのは、聴く側の脳内操作によるものである。悲劇的に響く短三和音によって、耳による解釈がさらに加速される。
盛りだくさんで聴く側も体力を要したけれど、充実した一夜だった。(2023年9月11日 東京オペラシティ・リサイタルホール)