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ヴォクスマーナ 第52回定期演奏会

プログラム:
湯浅譲二(b.1929)/ プロジェクション ― 人間の声のための(2009委嘱作品・再演)
渡辺俊哉(b.1974)/「半夜」 for 8 voices(委嘱新作・初演)  詩:萩野なつみ
近江典彦(b.1984)/「Dom-ino khon Oblique」for vocal ensemble(委嘱新作・初演)
湯浅譲二(b.1929)/ 声のための「音楽 (おとがく)」(1991)
伊左治直(b.1968)/ 彩色宇宙(2019 アンコールピース18・再演)  詩:新美桂子
​伊左治直(b.1968)/ 世界への睦言 ー 湯浅譲二に(2022 アンコールピース24・再演) 詩​:谷川俊太郎

演奏:
ヴォクスマーナ
指揮 西川竜太

今回は最初と最後に湯浅譲二作品を配する特集回で、間に2曲の委嘱作品が披露された。いずれの作品も、極めて真摯な姿勢が感じられる好演だった。

湯浅作品「プロジェクション」…歯茎摩擦音の口蓋化ー非口蓋化の遷移、硬口蓋弾き音や両唇内破音などやや珍しい発音方法、鼻音、咽頭摩擦音、母音の円唇/非円唇の対比など、口腔・鼻腔を使ったさまざまな音が次々に繰り出され、少しずつ重ね合わせつつ遷移していく。ほとんどの音が言語音である。タイトルに「「人間」の声のための」と付されている意味はそこにあるのだろうと想像される。なんとかして言語によって思考や思いを伝達しようという人間の根源的な欲求・情熱といったものの表現とみるべきか。だけれど、決して単なる音のカタログにはならない。声が奏者から奏者へ巧みに受け渡され、空間をゆったりと移動し、この作家らしい音響空間が展開されていた。

近江作品…奏者は9名、下手側に女声4名、上手側に真ん中に女声1人を挟んだ男声4名に分かれて配置される。全体にわたって和音が次々に移行していく。和声の響きも、時にジャズ風だったり、時にギリシャ時代の古い和声を想起させるものだったりと、目まぐるしく交替していく。中盤から終結部にかけての、微分音を含みつつ和声が連続的に移ろっていく部分が圧巻。音程を探り気味に聴こえた部分があり、音程をとるだけでも演奏至難であることが伺われる。左右のグループ間でフレーズが飛び交う場面もあったが、その対照がもう少し明確に表現されるとさらに良かったか。

渡辺作品…萩野なつみ氏によるテクストの各単語から湧き上がるイメージを敏感に捉え、それらを少しずつ重ね合わせながらテクストを辿っていく。絵巻物を少し戻ったりしながら少しずつ広げていくような感覚があった。繊細な和声が美しい。詩の中で最もイメージが輻輳するとおぼしい第2の部分が抑制的にしか表現されなかった(「耳殻の奥に/等間隔に海を置く」など魅力的な文言があるのだけれど、わたくしには聴取できなかった)のがちょっと残念[※当初「第2の部分がカットされた」と表現してしまいましたが、渡辺氏よりカットはない旨ご教示があり、表現を改めました。不手際をお詫びします]。

湯浅作品「音楽(おとがく)」…オノマトペとおぼしき言語音がテクストとして用いられる。最初は母音のみだが、少し経って[k]など破裂音を含むもの、[s]など摩擦音を含むものと、移り変わっていく。破裂音が出てきたところでオノマトペであることが認識されるのだけれど、直前の部分とやや乖離があるように感じた。演奏によるのか、それとも曲自体の性質によるものか。弾き音(ラ行子音)が出てくると俄然「ことば」という感触が強くなる。言語音と音楽の関係性というテーマを扱う作としては、第1曲目の「プロジェクション」のほうが、20年近くの年を経て、本作から大きく深化していると感じた。

アンコールとして演奏された、伊左治直氏による「彩色宇宙」は、湯浅譲二氏90歳記念演奏会の際の作、「世界への睦言」は谷川俊太郎氏による詩が湯浅氏に献呈されている。いずれも湯浅氏特集に相応しい作であった。(2024年 7月16日 ​豊洲シビックセンターホール)

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