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低音デュオ第16回演奏会 ちちんぷいぷい

松平頼暁:ローテーションI(2020)訳詩:猿田長春
篠田昌伸:怪獣、その他(2024 委嘱初演)詩:廿楽順治
三輪眞弘:お母さんがねたのでー高校生のテキストによるー(2014)
向井航:アイム・ヒア(2024 委嘱初演)
村上りの:ちちんぷいぷい(2020 日本初演)
松平頼暁:ローテーションIII(2020)詩:松井茂
丁仁愛:おならうた(2024 委嘱初演)詩:谷川俊太郎

低音デュオ:松平敬(バリトン、声) 橋本晋哉(チューバ、セルパン)

主催:低音デュオ
制作協力:ナヤ·コレクティブ
舞台監督:鈴木英生(カノン工房)
協力:モモ·カンパニー
助成:公益財団法人 野村財団
サントリー芸術財団推薦コンサート

松平作品「RotationⅠ」…詩自体のことばは味わいがあって魅力的。音楽は手堅いと感じるけれど、印象は薄い。

篠田作品…この作品も、詩が強烈な印象を残す。幼い頃に馴染んだ、ウルトラマン・シリーズやガメラなど怪獣もののチープだけれど実に魅力的な世界、東宝の怪人ものの救いのないおどろおどろしさに、現代の問題系が絡みあわされる。あとになって、金氏徹平氏の美術作品のことを思い出した(「White Discharge(建物のようにつみあげたもの #11 )」(2010)  ウルトラマン・シリーズなどの無数のソフビ人形をウエディング・ケーキのように積み上げ、その上から大量の白い樹脂を振りかけた作であった)。作曲者によるプログラム・ノートの「詩が主役」という言はへりくだるポーズではなくて、本心なのだろうと感じられ、それも好ましい。

三輪作品…発話の抑揚をデジタルな形で把捉したのち、演奏できる譜面の形に落とし込んだ、という趣旨か。制作は、発話のピッチをデジタル・データ化することから始まる。それを演奏可能な形に整形する時点で、一種のアナログ変換がなされる。橋本氏の演奏は非常に精度の高いものだと思うけれど、それでもステージ上で実際に演奏することによって元の発話のピッチ曲線からは少し遠いものとなる。さらに、その演奏をその場でカセット・テープに録音、作品の後半では、その再生と並置させつつ、松平氏が同じ譜面に歌詞をつけて歌う。

カセット・テープに録音した時点、それを再生する時点で、オリジナルからはさらに離れていく。プログラム・ノートには「発話における抑揚とは呼ばれる音高変化を旋律として採譜した、ただそれだけの作品」とあるが、チューバによって演奏され、会場で流されるのは、数次にわたって原発話の複写を重ねたものである。結果として、付加される情報があまりに多く、ノートが標榜する趣旨とはかけ離れたものになっている。加えて、後半の歌唱により、前半でチューバが模倣していたのが、一般的な自然発話の抑揚とはかなり異ることが明らかになる。このように極めて不自然なイントネーションを用いている理由に関しては説明がなく、作品の趣旨がいよいよ不明であった。

向井作品…取材しているエピソードは切なく、聴くものに社会的な問題を突きつけるものだ。けれど、用いている音素材が多様過ぎると感じる。端的な例が後半で多用されるホーミーである。難度の高い唱法を松平氏がこなしていて感服するのだけれど、何ゆえにそれを用いるのか、必然性が感じられない。二人の奏者が足首に鈴を巻く、松平氏はトラメガを構えて、会場後方から登場するなど、作家自身が記す通り、シアターピースなのだけれど、用いられる技法があまりに饒舌かつ総花的で、聴いていて焦点を定めにくい。結果的にエピソードの強度が弱まってしまったきらいがあり、残念だった。

村上作品…今回の演目の中では最も興味深く聴いた。無意味な単音から呪文が立ち上がっていく様子を眺めているかのようである。音楽は実にシンプルだけれど、説得力がある。時に歯切れの良いリズムで唱えられていくことばの素たち。それらが組み合わさっていって“Hokuspokus”などの呪文が立ちあらわれる。こうした呪文は、リズムを纏わせて唱えることが即儀式となる。ことばの素たちが蔵していた搏動が、呪文の中で蘇るのである。呪文自体のうちに「遂行性(performativeness)」が存する理由は、これなのだろうか、などと妄想する。「言霊」なる概念を思い出したりもするけれど、本作で試みられているのは、ことば自体が何らかの力を持つに至る、根源的プロセスを腑分けしていくことのように思えた。

松平作品「RotationⅢ」…2つの部分からなり、それぞれでパートの交換(ローテーション)があり、互いに反行進行するという。演奏順が、その場でコイン・トスによって決められる、曲の途中で奏者の移動がある、などさまざまなギミックが仕込まれているのだが、作品の構成は聴取のみでは把握しきれず、またことばの持つ力も伝わってきにくかった。

丁作品…谷川俊太郎氏の詩による。グレゴリオ聖歌を思わせる冒頭部分に始まり、あっけらかんとした詩が、飾らぬスタイルで実に率直に歌われていく。シンプルなことばの力も相まって、平明でありつつ、奥行きのある作品となった。

構成法や音素材の凝った作品よりも、ごく素直にテクストに語らせる作品のほうに惹かれた。前者を否定する意図は全くない。作曲者には、そうした作品構成や制作意図が、聴く側に明確に伝わるようにしてほしいと感じた。

松平氏と橋本氏のお二人による演奏は、どれほど先鋭的な作品であってもどこか温かみがあり、安心して身を委ねることができる。今回も唯一無二の世界に浸ることができた。(2024年4月24日 すみだトリフォニーホール・小ホール)

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