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ミニマリズムとその周辺~スティーブ・ライヒを中心に~
曲目:
ジェームズ・テニー《Swell Piece》
ジェームズ・テニー《Seeger Song #1 》(日本初演)
鈴木治行《Whirligig》(委嘱新作:世界初演)
スティーブ・ライヒ《エレクトリック・カウンターポイント》
スティーブ・ライヒ《ニューヨーク・カウンターポイント》
スティーブ・ライヒ《2×5》(日本初演)
出演 :山田岳(ギター)、土橋庸人(ギター)、梶原一紘(フルート)、岩瀬龍太(クラリネット)、川村恵里佳(ピアノ、キーボード)、佐藤洋嗣(コントラバス、エレキベース)、安藤巴(打楽器)、佐原洸(エレクトロニクス)
スタッフ :鈴木治行、石塚潤一、山田岳、岩瀬龍太、川村恵里佳
企画、主催:CIRCUIT
助成:東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
野村財団
昨年夏に名古屋で聴いたライヒ作品のコンサートのプログラム・ノートに「ピアノ•フェイズ」の作曲者自身による解説文が記載されていた。そこには自身がピアノを弾いたテープ•ループに合わせて弾いてみた際のことが記されていた。曰く「楽譜を読む必要もなく、ひたすら聴くことに没頭しながら演奏するという、新しく、非常に満足のいく体験(だった)」。
ここにライヒの基本的な創作の姿勢があり、さらにはいわゆる「ミニマリズム」の中軸を成す要素があると考える。すなわち、音楽におけるミニマリズムの本質は、奏者がほかの奏者の音や自身の音のフィードバックを深く聴くことだと思う(そして、奏者たちが紡いでいくパッセージの移り変わり、音色の微細な変化に、聴衆もまたじっくり耳を傾けることとなる)。そのためにはあまりに複雑なパッセージでは奏者が譜面に拘束されてしまう。また、パッセージのパターンの遷移が速すぎても負担が過重になる。それゆえ、比較的単純なー多くは調性を持ったーフレーズを反復するケースが多くなる。
本演奏会のプログラム・ノートにある通り、反復はミニマリズムの本質的な要素ではない。上述の通り、系として導かれるものだと考える。今回集められた作品は、後半のライヒを中心に、深く聴くことに軸足のあるものが多かったと思う。
テニー作品「Swell Piece」…非常に長いクレッシェンドとデクレッシェンドのみからなる作品。長く引き伸ばされる持続音の中にさまざまな響きが聴こえる。ギター、ピアノ、フルート、クラリネット、打楽器(シンバル)、電子音による演奏。
デニー作品「Seeger Song #1 」…クラリネット独奏による演奏。クレッシェンドとデクレッシェンドの反復による。ふしとも何ともつかない揺蕩うようなクラリネットの調べはhypnoticでもある。が、音自体を深く聴かせるには音がやや動きすぎる気もする。
鈴木作品…初めはズレている各楽器のごく短いパッセージの連続が、反復の中で持続的に位相を変えることで統合していくという趣向か。聴きやすい作品だと感じた。ただ、聴く側は絶えず複数楽器に横断的にあらわれるパッセージのパターン・マッチングを求められるのだけれど、パッセージは短いながらパターンの種類が意外に多く、音自体をじっくり捉えるのが難しかったように思う。
ライヒ作品「エレクトリック・カウンターポイント」…山田氏と佐原氏による快演。隅々まで神経の行き届いた演奏であった。丁寧な思索と丹念な準備を重ねたことがうかがわれる。山田氏の演奏の安定感が素晴らしい。全て山田氏自身が事前に録音したパートとは言え、舞台上で改めて深く聴きこむことが求められる作品だが、作曲者の要求に十分に応えていたと思う。
ライヒ作品「ニューヨーク・カウンターポイント」…岩瀬氏の力演。開始部のパルスは柔らかめのアタックのせいか、刻みが不明確になったのが残念。スイングするリズムが特徴的だけれど、アンサンブル部分のハーモニーは実に芳醇に響くことに気づかされる。
ライヒ作品「2×5」…タイトルは英語式に読むと”Twice five”で、「5の2倍」、すなわち「5掛ける2」の意味となる。それゆえ、五重奏を2セットということである。他方、日本語式に読めば「2掛ける5」、すなわち二重奏を5セットという意味合いとなる。この両方の読みが意図されていると思われた。ピアノに注目すると録音されたパートと舞台上のピアノとが二重奏をなしていることがわかりやすい。
したがって各奏者は、舞台上にいるほかのメンバーだけでなく、録音された自身の(さらには他パートの)カウンターパートにも耳を傾け、同期することが求められている。開始部あたりは、各人とも探りながら奏している様子が感じられたけれど、曲が進むにつれて精度が上がっていった。終結部は実演の音と録音とがほぼ隙なく同期しており、奏者たちの力量に唸らされた。(2023年12︎月7日 杉並公会堂・小ホール)