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小説ですわよ第3部ですわよ4-2

※↑の続きです。

 狂った獣のように唸るエンジン音が、幾重にも重なる。そして18時を過ぎた夜の中、無数のヘッドライトが獣の目のようにギラついた。
 消防車風の赤い改造トラック、緑の三輪バイク、黄色のキャンピングカー、紫のバイク、銀の軽トラ……事務所1階駐車場スペースの前に、軍団メンバーの専用車両が集合していた。
 矢巻たちは国道0721線と、それに接続する4545線で封鎖した。ウラシマから超常能力者の遺体を安全に運ぶルートにするのだろう。これから探偵社は、この移送ルートに襲撃をかける。そのために軍団の車両が総出動するわけだ。
 目がチカチカして疲れそうな光景の中、ひときわ異彩を放っていたのは、おなじみのピンキーだ。円錐状の噴射口が三つ並んだ、強襲用の拡張装備――ロケットブースターを車体後部に取りつけ、射出に備えている。昨年、神沼の講演会へ乗りこんだときのように、空から移送ルートに突撃する作戦だ。軍団は地上から封鎖を突破し、ピンキーと合流する手はずになっている。

 だが異彩を放っているのはブースターを装着したからではない。車体天井部に、人間が磔にされているのである。矢巻は大の字に固定された身体を捻らせながら叫ぶ。これこそ舞が言った『マッドマックス 怒りのデスロードごっこ』だ。
「おい、なんのつもりだ!?」
 運転席に座る舞が、据わった目で答える。
「見せしめだよ」
「俺の部下は、こんなことじゃ動じない」
「でも、お前が涙と鼻水とションベンをまき散らしながら怯える顔を見たら、部下の忠誠心は大いに薄れるでしょ。蛙化現象みたいな?」
 舞は淡々と言いのけた。彼女の狂暴性は、邪悪な敵とみなしたものに対して冷酷に発揮される。社会不適合者たる所以であるが、探偵社の仕事においては才能となる。
「相手に非があれば何をしても許されると思ってるんだろ? 鬱憤晴らしに、正義を掲げて執拗にネットリンチする陰キャと本質は同じだな」
 矢巻が苦し紛れに絞り出した嫌味に、舞は射出に備えて各部点検をしながら抑揚のない声で応じる。
「鬱憤を晴らしたいのは、そうでしょうね。お前みたいなクズをやっつけるとオナニーじゃ味わえない高揚感に満たされるから」
(水原さんって週に何回くらいするのかな~。姐さんは朝、昼、晩の3×7日だけど)
 助手席のイチコは浮かんだ疑問を口には出さず、舞の話に聞き耳を立てる。
「だけど正義や大義名分を掲げるつもりはない。大事なモノを奪おうとする許せない者をブチのめし、大切な人たちを守れるのなら……世界が私をどう断じようと構わない」
「議論にならないな」
「お前がやりたいのは議論じゃなくて、自己満足の論破や説教でしょ。なんにせよ、これから気持ちよくなるのは私。お前はオカズ。……ピンキー、最終チェック完了したよ」
 矢巻はまだ喚いているが、舞は相手にせず射出準備を終えた。
「了解。カタパルト起動」
 ピンキー直下の地面が、地響きを伴いながら斜めにせり上がり、車体を空に打ち出すカタパルトとなる。

 そこへ事務所2階から綾子が岸田にエスコートされて降りてきた。舞が運転席側の窓を下げると、イチコが顔を出して叫ぶ。
「週21回の人~! 私たちはいつでも出られるよ」
「このバカ、人様のオナニーの回数を叫ぶんじゃないわよ!」
 綾子は血相を変えて岸田を押しのけ、スカートのすそを摘まみ上げながらピンキーのほうへ走ってくる。
「大体ね、土曜日の昼は2回だから週22回なんだから!」
 綾子は息を切らして無意味な訂正をすると、イチコを睨むように言った。
「今回の作戦は、初代ピンキーを止めることが目的よ。王から記憶と取り戻すことじゃない。いいわね?」
「……わかってるよ」
 イチコは不満げに鼻から息を漏らす。きっと、綾子に「初代ピンキーを止めて、ついでに王を倒そう」と言ってもらいたかったのだろう。舞はイチコの気持ちを理解していたが、下手に動けば軍団や珊瑚の命に危険が及ぶため、同調はしなかった。
「そういえば社長、七宝さんは……」
 珊瑚は今日休みだ。この作戦のことも伝わっていない。
「彼女には申し訳ないけど、作戦から外れてもらうわ」
 ブルーを護衛につけた、と綾子が付け加える。あのスケベつんつん男がいかがわしい真似をしないか心配だ。が、それよりも気がかりなのは、珊瑚は作戦に参加できずに悲しむであろうことだ。一緒にウラシマと戦おうと言っておきながら、肝心な時には仲間外れ。傷つくだろうし、愛想を尽かすかもしれない。八の字に下がった綾子の眉は、罪悪感を現していた。それが伝染して舞も胸を締めつけられる。しかしオレンジの惨劇を繰り返すよりはいい。

「それじゃあ、出撃しましょう」
 綾子が声を張って軍団の車両に呼びかける。雄たけびの代わりに、それぞれのエンジンが唸って合唱した。
「頼んだわよ。私と岸田は銀次郎さんを救出次第、合流するわ。それまで無茶はしないで」
 舞は静かにうなずき、運転席の窓を閉めた。ピンキーのブースターが轟音を上げて青白い炎を噴き出し始める。
「ブースター点火。発射カウントダウン開始。10、9、8……」
 『0』と同時に、ピンキーが加速してカタパルトを駆け上がっていく。強烈なGが舞とイチコを叩きつけ、身体がシートにめりこんだ。
「ぐおああああっ!!」
 磔にされた矢巻が、Gに加えて突風を浴びて叫ぶ。それを嘲笑う暇もなく、今度は胸をくすぐられるような浮遊感が舞たちに訪れた。ピンキーがカタパルトから飛び出し、弾丸のように高度を上げる。それを皮切りに軍団の車両が敷地から発進した。出発を見送り、綾子はコウモリのような漆黒の翼を広げて飛び立ち、岸田は狼に変身して駆けだしていく。
「みなさん、どうかご無事で。私は寂しくお留守番してます……」
 ピンキーのカーナビ画面が音声通信を受け取る。作戦から外されたのは珊瑚だけではなかった。MM――元は中古に売り出されていたマジックミラー号で、ピンキーと同じくスカラー波を浴びて命と自我を得た車だ。MMの両側面に搭載された巨大ミラーは綾子の魔法が施されており、ロケット弾はおろか超常能力でさえも反射できる。その防御性能で無人の探偵社を守るために残されたのだった。
「ごめんね、MM。帰ったら、いいオイルさしてあげるから」
「やった~!」
 舞が窓から眼下の探偵社を覗き下ろすと、MMが喜びのパッシングをするのが見えた。その光は瞬く間に豆粒サイズになっていく。
「うあばばばばばあああああああっ!」
 矢巻の奇怪な叫びと、ピンキーの青白い噴射炎が、ちんたまの夜空を切り裂いていく。

つづく。