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小説ですわよ第3部ですわよ7-2

※↑の続きです。

 初代ピンキーは第3アクアラインを走り抜け、暗黒空間アビス・オブ・アヌスに突入した。舞の眼前は一瞬だけ完全な闇に覆われたが、すぐに光が差しこむ。気がつくと初代ピンキーは、どこともわからぬトンネルの出口から抜け出ていた。
 舞の目が眩しさに慣れる。飛びこんできたのは見覚えのある石畳の広場と、モスグリーンの屋根が印象深い城のような建造物だった。
「あ! 金日成広場だ!」
 『金日成広場』は北朝鮮・平壌の代表的なランドマークだ。祝典や軍事パレード、各種イベントなどが度々催され、舞も何度かTVで観たことがあった。広場の奥に佇むのは『人民大学習堂』だろう。図書館や通信制大学などを有する、総合学術施設であるという。
 実は以前「イチコが消えてしまう前に、みんなで北朝鮮旅行に行こう」と話が持ち上がっていた。そして記念に、金日成広場で散髪して総書記のような角刈りになる……というのが、イチコたっての希望だった。しかし北朝鮮を領地とする吸血鬼から綾子宛てに「流石にまずい。ガチテポドン案件になりかねない」と警告が送られ、北朝鮮旅行はお流れになったのだった。

 さておき。アビス・オブ・アヌスの中が、北朝鮮であろうはずもない。模倣して作られた空間か、幻か。あるいはギャルメイドたちの言葉を借りるなら、この場所が北朝鮮の本質イデアなのもしれない。
 とにかく舞は初代ピンキーを停車させ、助手席に畳まれていた『誠意』が書かれた鉢巻を絞め、『誠意』が衿文字に書かれた法被を羽織る。さらに運転席の後方に引っかけてあった『誠意』の幟旗のぼりばたを手に取り、エンジンをつけたまま初代から降りた。これぞタレント/俳優の羽賀研二が梅宮アンナとの交際トラブル時にまとっていた『“誠意”大将軍フル装備』。綾子が出撃の寸前に持たせてくれたものだ。芸能界にコネを作りつつある中、どこかから回収してきたのだろう。特に魔法や超常能力の類が込められているわけではない。宇宙お嬢様と対峙するにあたって、こちらに誠意があることを示すためだけの衣類だ。しかし梅宮との交際トラブルの際、羽賀の『誠意』が果たして通じたのかは疑問である。全マルチアヌスを統べる宇宙お嬢様であれば、その過去を知っていてもおかしくはない。

 とはいえ、ここで躊躇していては、マルチアヌスの再構成が近づくだけだ。舞はダッシュボードに置いてあった紙袋を持ち、初代ピンキーから降りて人民大学習堂(のイミテーション)へ向かって叫ぶ。
「おーい、宇宙将軍様はいるか! どうせ角刈りなんだろ! 出てこい!」
 幾度か木霊し、刹那の静寂が訪れた後、人民大学習堂から土煙があがる。ギャルメイド軍団が血相を変えて一斉に走ってきたのだ。
「我らが宇宙お嬢様になんという侮辱……汝、イカれているのか!?」
 先頭のギャルメイドが、ぜぇはぁと息を切らしている。いきなり狂人扱いされたので舞は頭にきた。
「ああ? イカれてんのはお前らだろ。こんな北朝鮮みてえな場所を居城にしやがって! あるじが角刈りだって連想して何がいけねえんだ! ごく自然なことだろうが! オオ? そんなことよりな、角刈りにしてやんなきゃいけねえ女がここに幽閉されてんだろ。早く返せ」
 ギャルメイド軍団は息を整え、いつものように両腕を組んでみせる。
「我らが見えぬか? 汝を阻む、宇宙の壁が」
「よく見えてる。お前ら全員張っ倒せばいいんだろ?」
「できるのか? ギャルメイドひとりに傷をつけるのが精一杯の汝に?」
「できるかどうかは問題じゃない」
 舞は紙袋と誠意の幟旗のぼりばたを、花崗岩の石畳の上にそっと置く。
「やるんだよ。やらなきゃいけねえんだ。無能な管理者様の不手際で消されようとしてる全マルチアヌスの命を代表してな。てめらを片付けて、この中指で宇宙将軍様をファックしてやる!」
 舞は語気と裏腹に、ゆっくりと中指をギャルメイド軍団に立てた。
「調子に乗るなよ、人間ンンンッ! 宇宙お嬢様と、あんな角刈りを一緒にするなァァァッ!」
 ギャルメイドたちが目を血走らせる。だが舞が臆することはなかった。
「怒るなよ。そんなに宇宙お嬢様が大事か?」
「愚問だ!」
「そうか、ククク……いいことを思いついた。てめえらの目の前で、宇宙お嬢様を角刈りにしてやる」
 ギャルメイドたちが一斉に息を呑み、健康的な褐色の肌がさらに青ざめて血の気が引いていく。
「け、消す! この人間を消すぞ!」
 先頭のギャルメイドが動揺を振り切って、仲間に呼びかける。

 だが舞の姿が一向に消えることはない。
「ダ、ダメだ、消せない! この人間は、こちら側に限りなく近いのだ!」
「なんだと!?」
「特異点の運命を導く者である時点で特別だが……アヌス01で我らに接触したことで、同じ存在へ進化しつつある!」
 ギャルメイドたちが喚き合う。舞には心当たりがあった。ギャルメイドに浴びせ蹴りを食らわせた際、その血が微量ながら舞の口に入ったのだ。普通ならば気持ち悪くて吐き出すか、水で口をゆすぐだろうが……なんと舞は「|こいつらの力を得られるかもしれない」と飲みこんでいたのだ。この異常行動が結果的に舞をギャルメイドに近い存在へ変化させ、身を守ってくれたのだった。

「どけどけ! さっさと森川イチコを返せ! 宇宙お嬢様と話をさせろ!!」
 舞が誠意の幟旗のぼりばたを振り回し、ギャルメイドの波をかきわけようとする。しかしなぜか再び、ギャルメイド軍団は上から目線の笑みを取り戻し、その場で仁王立ちした。
「よかろう、会わせてやろう。特異点であるがゆえに進化し、ギャルメイド長となった仲間を! メイド長、メイド長~~~!」
 コントでキャラクターを呼び込むかのように、ギャルメイドたちが声を張り上げる。すると人民大学習堂から、見知ったシルエットが肩で風を切って現れた。黒いスウェットの上下。艶やかな長い黒髪。切れ長の目。そこにフリル付きのカチューシャと前掛けを着けた女が歩いてくる。
「いやあ、参っちゃったよ。宇宙お嬢様がヤラせてくれなくってさ」
 女の冗談めかした遅刻の理由に、ギャルメイドたちは道を開けながら「ハッハッハ」とわざとらしく笑い声をあげた。
「イチコさん……!」
 よく見ると、イチコの真っ白な肌がやや日焼けしている。ギャルメイドに片足を突っ込んでいるということだ。どうにかして彼女を正気に戻さねば。舞は腰を深く落とし、戦いの構えをとった。

つづく。