小説ですわよ第2部ですわよ5-2
※↑の続きです。
「そりゃあ、気合いを入れるためだよ。戦装束っていうか。やっぱりヒーローの恰好するとテンションあがるなあ」
イチコはしみじみとうなずいた。本人的には満足しているらしい。
「ヒーローたって、他にあったでしょ。日曜の朝やってるヤツとか、有名な監督がリメイクしたヤツとか」
「うん。リメイクされたよね、シン・ヤキソバン」
「ええ~っ……」
「篠田麻里子の主題歌が心に沁みるんだよ。曲名なんだっけ?」
「『だってマリちゃん寂しかったんだもん』ッス」
レッドが即答する。異変が及んでいるのは、ピンピンカートン事務所の周辺だけではないようだ。
とはいえ悩んだところで仕方がない。対処すべきは神沼重工だ。屋敷の中へ入る。玄関ホールに足を踏み入れると、イエローと珊瑚が配膳車を押して現れた。
「おかえりなさい、水原さん! いやあ、よかったよかった」
イエローもレッドと同じく、V字のスリングショットであった。水着が食いこんで、だらしない胸と腹の肉がはみ出ている。おぞましい。
「水原先輩! 安心しました、本当に……」
目を潤ませる珊瑚の姿は――いつものオレンジジャージだった。なぜ異変が起きていないのかは謎だが、とにかくよかった。
「安心したのは、こっちだよ」
「?」
「あ、ああ、その……七宝さんは怪我とかしてない? ご家族は無事?」
「私も家族も大丈夫です。家はホワイトさんとパープルさんが護衛についてくれてますから」
「そうなんだ。やっぱりブルーたちと同じ格好で?」
「はい」
変態水着の男たちがアパートの周辺をウロウロしているとなると、だいぶヤバい光景である。
「そうそう、水原さんのご家族も無事ですよ。岸田さんが護衛です」
珊瑚には悪いが、軍団でなくてよかった。岸田も岸田で狼になるとアレなのだが……ひとまず家族が安全であると知って、安堵の息が漏れる。
「お昼ご飯にしよう。水原さん、お腹すいてる?」
「ええ。向こうの世界で派手に暴れてきたんで。Jリーグカレーですか?」
「うん。たくさん作ったから、好きなだけ食べて」
「Jリーグカレーは変わってないんだ……」
イエローがプルンプルンと贅肉を揺らしながら、配膳車を食堂広間へと押していく。その後ろ姿を見たくないので、舞が珊瑚に視線を移す。珊瑚は気にせず自分の配膳車を押し、イエローのあとを追っていく。
「七宝さん、気にならないの?」
「なにがですか?」
「水着ヤバくない?」
「ああ、確かに。でも慣れてるっていうか」
会釈をし、珊瑚は食堂のほうへ去っていく。
(あの子、オトナだ……!)
その辺を掘り下げるのは品がないので、やめておいた。
レッドとブルーが舞を追い越して食堂へ向かおうとするので、舞はそれをさらに追い越した。
「私は慣れてないから」
食堂に入ると、すでに綾子と護衛以外の軍団が座っていた。長テーブルの上にはJリーグカレーとコーヒーが並べられ、湯気を立てている。舞たちは小走りで隅の席についた。
綾子が全員を見渡して、口を開く。
「話の前に……まずは食べましょうか」
全員で手を合わせ「いただきます」をしてからスプーンを手に取ると、綾子が話し始める。
「水原さんには帰ってきて早々悪いけど、栄養補給が済んだらすぐに動いてもらうことになるわ」
綾子が指をはじいて鳴らすと、天井に吊られていた巨大なモニターが降りてくる。画面にお笑い番組が映し出され、漫才師がネタを披露している。
「TKOは出るかな?」
「イチコ、あとになさい!」
綾子が今度は人差し指を宙でくるくると回した。するとテレビのチャンネルがザッピングするかのように目まぐるしく変わる。グルメドラマの再放送に釣り番組、路線バスの旅スペシャルなど、ありきたりな正月番組ばかりだ。アヌス02の侵略を伝えるニュースは一切ない。
「ちん都心って、表向きは爆弾が仕掛けられたってことになってるんですよね。どこも報道しないって不自然じゃないですか?」
「ちんたま市は世間から見捨てられてるのよ。市民も市民で誰一人として関心を持っていないわ」
「終わってますね……」
「おかげで私たちは大手を振って動ける。敵の巨大人型兵器とやらが現れる前に、ちん都心を奇襲するわよ。まずは機械蜘蛛をせん滅。そのあと水原さんが乗ってきた浣腸ビルを調査して、必要なら破壊する。並行して上空のアヌスを閉じるわ」
ここで軍団がおかわりの順番を巡り、例によって殴り合いを繰り広げる。変態水着の集団のくんずほぐれつは見るに堪えない。が、なぜか急に争いが止まった。
ゴールドがスマホを操作して、巨大モニターに映像を映す。
「ドローンで撮ってるんだけど……」
その光景に、全員が一斉に生唾を飲みこんだ。浣腸部から地面に刺さったビルがひとりでに立ち上がり、そこへまとわりつくように機械蜘蛛が集まってくる。蜘蛛たちはビルの表面をうごめきながら互いの足を次々に連結させ、合体・変形しながら“ある姿”を成していく。
〇と△で構成されたマヌケヅラ。
薄っぺらい板のようなボディ。
小枝のように細い手足。
なぜか股間から伸びる、砲塔のような2本の筒。
そう、その姿は――
「先行者!?」
皆が揃って叫ぶ。その姿はネットで散々ネタにされた中国開発のロボット・先行者に酷似していたのだった。
「ダサい!」
「醜い!」
「ひどい!」
「ハハーッ!」
今度はバラバラに罵倒と嘲笑が飛び交う。しかし誰もが先行者から目を離せない。あんな見た目だが、アヌス02を支配した兵器だ。綾子が椅子から離れたのに続き、全員がスプーンを置いて立ち上がる。
と、先行者がゆっくりと動き出し、北東の方向転換した。綾子の血相が変わる。
「まずい……!」
先行者の股間から伸びた2門の砲塔が赤く光る。
「伏せて!」
綾子が叫ぶと同時に、食堂の窓の外で赤い光が広がった。衝撃が屋敷を襲う。
つづく。