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小説ですわよの番外編ですわよ4-5
※↑の続きです。
珊瑚たちが部屋に戻ると、荒れた部屋はすっかり元通りになっていた。気を失っている母に、ブルーが缶詰の匂いを嗅がせている。
「あ、お帰り。お母さんは、もうすぐ目を覚ますと思うよ」
パープルは背中を丸め、ボソボソ呟く。
「部屋は直しといた」
「ありがとう。そ、それと……ホテルでキンタマ蹴っちゃってごめんなさい」
「気にしないで……」
「ハハーッ! 本番強要してもしなくても、キンタマ蹴られる運命なんだなあ」
「うるさいよ! で、この子はどうするの? グリーンを読んで記憶消してもらう?」
イチコは申し訳なさそうに頭をかく。
「そうだね……決まりだから」
珊瑚はイチコに詰め寄った。
「記憶を消すって、忘れちゃうってことですか? なにもかも」
「うん……キミとお母さんには、お父さんがこの世界に戻って来てから今日までの出来事をすべて忘れてもらう」
「そんな……」
彩斗に報いることができ、醜い暴君の支配から解放され、自分の殻を破れた喜びは、なかったことになるというのか。
だが父がいない日々は確かに戻ってきた。すべてを忘れようと、またやり直せる。やり直そう。真っ先に逃亡したバカ弟も呼び戻さなければ。
「わかりました。その代わり、皆さんにお願いがあります」
母が意識を取り戻すまでの間、珊瑚はピンピンカートン探偵社のことを教えてもらった。聞けば聞くほど非現実的な話だったが、実際にクソオヤジが生き返ったのを知っているからだろうか、すんなりと信じることができた。
いや、信じるに足る理由は他にあった。森川 イチコや水原 舞、そして軍団たちの表情には、誰かのために戦う英雄の頼もしさが宿っている。なぜそう感じられたのか。それはかつての彩斗と同じだったからだ。自分も少しは近づけただろうか。すべてを忘れたあと、また近づこうと思えるだろうか……
やがて母が、小さくうめき声をあげる。もうすぐ目を覚ますだろう。
「あ~、そうそう。記憶のことなんだけど」
イチコが話を切り出す。珊瑚はもしかしたら、記憶を残してもらえるのかもしれないと期待してみた。
「陰毛を抜く痛みのショックで、記憶が消えるんだ」
「い、いんも……!?」
「キミとお母さん、生えてるよね」
「あ、はい……私は。母もおそらく……」
ガッカリしながら、バカみたいな返事をした。イチコは気にせず話を続ける。
「そうだ、通信装置を回収させてもらうね。ちょっと失礼」
「ひゃっ!」
イチコが襟元に手を入れて、なにかを指先でつまんで剥がす。丸いボタンのような小型機械だった。
「アパートの前で会ったとき、つけさせてもらったんだ。おかげで家の中の状況を知ることができた。こっちの声も聞こえたでしょ」
「そういうことだったんですね」
イチコたちが窓を破ってくる直前、声が聞こえた。あれは願望から生まれた幻聴ではなかったのだ。
「ヒーローが困った人のところへ、いつどこからでも駆けつけられるカラクリってね」
イチコがウインクする。おどけたつもりだろうが、珊瑚には本当にヒーローだと思えた。
(すごいな。できることなら、私も……)
と、パープルがスマホを見やる。
「グリーン、アパートの前に着いたって」
別れのときがきた。珊瑚は探偵社の面々に頭を下げる。
「本当にありがとうございました。もしまたお会いできたら、皆さんを助けられるように強くなっていたいです」
それを聞き、舞がポンと手を叩く。
「いいこと閃きました! 珊瑚さん、提案なんですけど――」
2022年 12月23日 金曜日 午前8時。
舞は通常の出社時間より2時間ほど早く、事務所へ到着した。
依頼が多いのと、社長から話があると聞いている。その内容は想像がついた。舞は心を弾ませながら、階段をかけあがって2階の扉を開く。
「おはようございます!」
舞より先に、新鮮な挨拶が飛んでくる。オレンジ色のジャージを着た少女が溌溂とした表情で立っていた。かたわらには綾子と岸田がいる。
「おはようございます」
舞が慣れた挨拶を返すと、綾子がオレンジ少女の肩に手を置く。
「彼女には冬休みのあいだ、事務作業を手伝ってもらうわ。学校が始まったら、勤務形態をまた相談しましょう。現場に出てもらうこともあると思う」
「彼女、軍団入りですか?」
「貴方やイチコと同じ、アルバイトよ」
オレンジ少女が勢いよく頭を下げる。
「今日からお世話になります、七宝 珊瑚です!!」
「珊瑚さん、ピンピンカートン探偵社へようこそ」
その後、寝ぼけたイチコが降りてきて挨拶をかわし、依頼の説明が始まった。
舞とイチコは、珊瑚に見送られて1階駐車場のハイエースへ乗りこむ。
新しい仲間に目が冴えた舞に対し、イチコは昨日の戦いの疲れが残っているのか眠そうであった。
「珊瑚さん、やる気満々ですね」
「まん……朝から下ネタとは元気だなあ」
「乳首ひねりますよ」
「ハハッ。彼女、水原さんと同じくらい頼もしい存在になると思う」
「はい。一緒に返送者を轢くのが楽しみです!」
イチコは重そうな瞼をこすってエンジンをかけ、シフトレバーを動かし、アクセルを踏む。ハイエースが揚々と前方へ発進……しない。ガコンと車内が跳ね上がる。ギアがバックに入っていた。
「あ~、やっちゃった」
3階で寝てるシルバーを呼び、凹んだ車体を直してもらった。なぜか舞まで「ブチ殺すぞ」と怒られた。
『番外編4 英雄は殺意の先にいる』完