小説ですわよ第3部ですわよ6-4
※↑の続きです。
綾子の邸宅脇にあるガレージ内で、初代ピンキーは桃色のカーカバーをかけられて眠っていた。舞が大きすぎるカバーをなんとか引っ張り剥がすと、敵対していたときと変わらぬ威圧的な姿を見せる。変わったのは中身だ。以前は超常能力者たちの死体を動力源としていたが、綾子の魔法と原子力(!)で稼働する本来のエンジンに換装されたと聞いた。こんな巨大で物騒なトラックをイチコと綾子が乗り回していたというのだから驚きである。
数km先の事務所まで、こんなデカブツを公道で走らせる自信は舞にはなかった。そもそも明らかな法律違反であり、道路に出た瞬間に通報されてブタ箱行きである。とりあえず綾子にメッセージを送信し、判断を仰ぐことにする。ここで舞は「ブタ箱」から嫌な形で父を連想してしまった。
(お父さん、元気かな……)
舞の父は、ヤクザに無実の罪をかぶせられて長らく投獄中である。残された家族はずいぶん苦労したが、不思議と経済的にはそこまで困ったことがなかった。父の資産等はなぜか凍結されなかったようなのだ。そこに親類からの支援もあり、舞たち家族は駅前の賃貸マンションに住めている。舞と妹は大学まで通わせてもらった。
この件に関して舞は父との面会時に聞いたことがあったが、はぐらかされてしまった。母も露骨に話題をそらした。
イチコを助け出したら、本格的に父の無実の罪を晴らすための調査を進めよう――舞はブルーたちのように人生の大目標こそ見つけられていないものの、父を救うという当面の目標は決まっていた。舞だけでは到底無理なので、探偵社の力を借りようと考えている。
今までは個人的な問題に仲間を巻きこみたくないと思っていたが、考えが変わった。利用できるものは徹底的に有効利用する。せっかく魔法使いの吸血鬼が社長で、有能な仲間もいるのだから、協力を請うべきだ。例え直接的に手を借りられなくとも、舞の図々しい相談には乗ってくれるだろう。あらゆる他者を『道ですれ違うだけの人』として深く踏みこまずに生きてきたが、探偵社の面々をそんなふうには思えなくなっている。
彼女たちは『仲間』だ。ともすれば安っぽい表現を、今なら恥じることなく言い切れる。
綾子は舞が送信したメッセージへ返答する代わりに、岸田を携え魔法で瞬間移動してきた。
「お待たせ。それで、これからなんだけど」
綾子は苦い顔で間を置いてから告げた。
「あなたひとりでイチコを救出に向かってもらうわ」
「あへぇ!?」
すっとんきょうな声が飛び出るのも無理はない。これまでのように事務所総出で殴りこむものかと思っていた。
「『アビス・オブ・アヌス』に行けるのは、水原さんだけよ」
「今さら宇宙のケツ穴に突っこむのがイヤになったとか言わないでくださいよ!?」
「ケツ穴に突っこむのはイヤといえばイヤだけど……そうじゃなくて。スカラー電磁波の意思に抗って『アビス』に到達できるのは特異点と、運命を導く者。その『近似存在』の三者だけなの」
「近似存在?」
舞の疑問に、綾子は首を振って「ここにはいない」と返す。これ以上ゴネている時間はなさそうだ。舞は次にどうやってアビスに行くかを問う。
「空の向こう、宇宙の果て、アヌス01への外側へと初代ピンキーを打ち出すわ。神々の腸は閉鎖されているだろうから、ハマコーが建造した第3アクアラインで移動してもらう」
「ハマコーって、あのハマコー? 第3アクアラインって?」
ハマコー。本名:浜田幸一。「国会の暴れん坊」の異名を持つ政治家である。チンピラじみた言動と風貌、時折覗かせる愛嬌と天然ボケで、TV番組での露出も多かった。ハマコーの有名な活動として、沖ノ鳥島にコンクリートの防波堤を築いたことが挙げられる。そしてもうひとつ、アクアラインの建造だ。千葉県木更津市と川崎を、橋およびトンネルで結ぶというプロジェクトである。
これを仮に第1アクアラインと呼ぶとして、ハマコーには第2アクアラインの構想があった。生前、TV番組で「天国と地獄を結ぶアクアラインを作りたい」と語っていたのだという。ハマコー曰く「死後、自分は地獄に落ちるが、母のいる天国へ繋がる道を作りたい」と。綾子によれば、第2アクアラインは実際に完成したらしい。天国も地獄も各アヌスが内包する別次元として確かに存在するのだが……詳しくは舞が今後うっかり足を滑らせてボットン便所経由で地獄に落ちてしまったエピソードを語るときに解説しよう。
さて置き、ハマコーは第3アクアラインも完成させていた。それはアヌス01の地獄から、よりにもよってアビスへ直結する夢の道路であった。第3アクアラインは概念的でありながら物理的でもあるという不確かな存在であり、ギャルメイドたちも迂闊に介入できない厄介な代物だった。神々の腸が封鎖されたといても、この第3アクアラインだけは使えるというのが綾子の目算であった。
綾子は芸能界進出の一歩として『ビートたけしのTVタックル』への出演を目論んだ。別にどんな番組でも出られればよかったのだが、イチコが「せっかくなら『TVタックル』か『バカ殿様』のどっちかがいい」とせがんだのである。綾子は芸能界のあと、あわよくば政界進出も狙っていたので、これ幸いにと『TVタックル』出演者であるハマコーに接触した。そこから交流が生まれ、ハマコーの死後も地獄と交信していたおかげで第3アクアラインの存在を知ることができたというわけだ。
ではアヌス01への外側へ、初代ピンキーをどう打ち出すのか。それは遅れて駆け付けた軍団が巨大ロケットブースターを装着してくれることで答えが出た。現ピンキーへ奇襲用に装備されるブースターの倍以上の大きさを誇っている。聞けばホリエモンのロケット技術が流用されているらしい。ブースターには『755』とホリエモンの囚人番号がでかでかと刻まれていた。
かくして準備は整った。事務所と同じく、綾子の邸宅敷地内にもカタパルトが設置されており、芝生の一部が隆起して初代ピンキーの発射に備える。
舞は初代に乗りこみキーを回した。ガソリンと原子力で動く怪物エンジンが咆哮する。アクセルを慎重に軽く踏みこむと、初代がゆっくりとカタパルトの上に乗る。
綾子と岸田、4人にまで減った軍団が窓の外で見送ってくれる。
さらに自らの意思で移動してきた現ピンキーとMMもいた。2台はヘッドライトをパッシングしながら名残惜しさを舞に伝える。
「御供できないのが残念です、水原様」
「私はまたお留守番なんですね……」
舞も残念でならなかった。幾度とない修羅場を、この2台と一緒に乗り越えてきた。特に現ピンキーは探偵社に入ってからの付き合いだ。だが2台ともスカラー電磁波の影響下にあるため連れていけない。
「宇宙お嬢様とギャルメイドをバチボコに成敗して、イチコさんを連れ戻してくる。ピンキーやMMの出番はそれからだよ。この夏、海に山にあちこち乗り回すんだから。覚悟しといてよ」
ピンキーとMMは返事とエールの代わりにクラクションを鳴らした。
「それじゃ、社長。行ってきます」
「なにからなにまで、貴方に頼りっぱなしね。この世界の危機ならば吸血鬼たちが動かなければいけないんだけど、ウラシマの件でビビッてしまってて」
「人間とか吸血鬼とか、関係ないです。大好きな人たちを守りたいだけですから。社長はフワちゃんの後釜を狙う算段でも考えといてください。そのあいだにイチコさんを連れて帰りますから」
「私はあそこまで礼儀知らずじゃないわよ」
綾子が唇を尖らせる。舞が噴き出すのと同時に、綾子も少女のように笑った。直後、初代の車内が激しく縦に揺れる。ロケットブースターが点火したのだ。
カウントダウンが終わり、いつものように射出時のGが舞を襲った。しかし慣れたもので、初代ピンキーが成層圏に差しかかるころにはマウンテンデューをゴクゴクと飲んでいた。近くの自動販売機で適当にかったB級炭酸飲料だ。
初代ピンキーは成層圏から大気圏を突破し、宇宙へ出た。そこからはGはなく数分の出来事だった。地球の周囲に浮かぶゴミであるスペースデブリを蹴散らし、月の裏側に侵略宇宙人の前哨基地があるのを発見し、火星に潜伏する宇宙人の円盤を勢いで撥ね、水、木、金、土星、そして太陽を通過。その先はよくわからない星が点々が視界の端へ流れていくのをボーッと見ながら銀河の数々を突破し、暗い暗い宇宙を走り抜け……気がつけば光速では到底たどり着けない宇宙の外側に来ていた。
明らかに景色が変わり、舞は飛んできた道を振り返る。自分が住んでいる宇宙――アヌス01が泡のような球体となって漂っている。目を凝らすと泡の表面には銀河の渦や、星々が白い無数の点となって浮かんでいた。
さらに同様の泡が、真っ白な空間の中に浮かんでいる。この泡ひとつひとつがマルチアヌスであり、それらを内包する真っ白な空間はビッグアヌスなのだろう。
神々の腸と呼ばれるアヌス間をつなぐ道は見えない。やはりスカラー電磁波の意思によって封鎖されてしまったのだ。
しかしイチコが囚われていると目される宇宙お嬢様の住まう始まりの地、アビス・オブ・アヌスは一目でわかった。白空間の中に、黒々強い穴がぽっかりと開いているのだ。そして舞の住まうアヌス01からアビスまで、この空間には不似合いなアスファルトの道路が伸びている。第3アクアラインだ。
初代ピンキーに搭載されているカーオーディオは、イチコたちが乗り回していた1960年代後半から変わりなく、使える外部記録媒体はカセットテープしかない。舞は自分のスマホをいじってプレイリストを再生した。
歌うチンピラ、やしきたかじんメドレー。その1曲目を飾ったのは、たかじん本人が黒歴史化しているナンバーのひとつ『スターチルドレン』。
その高らかで美しい歌声に乗って、初代ピンキーは第3アクアラインを走り、アビスの暗黒空間へ突入したのだった。
つづく。