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小説ですわよ第2部ですわよ1-4

※↑の続きです。

※↑七宝 珊瑚については、こちらをご参照ください。

 舞に気づいたイチコが、楽しげに身を乗り出す。
「水原さん、見てたでしょ? マーシーはとってもダンスが上手いんだ!」
 マサヨはダンスを終え、勝ち誇ったように犬歯を剥き出しにする。ケモノが獲物を仕留めたときのような、野性味と威圧感。それは本能的に、生物的に、舞に敗北を自覚させた。イチコは、そんな舞に構わず話を続ける。
「マーシーは、ダンスを中心にした演劇ユニットをやってるんだって。だけどそれだけじゃ厳しいから、うちでバイトしてもらってたんだよ」

 マサヨは見せつけるように、ダンスを踊ってみせる。その身体が指先、手首、肘、肩、首へと波打つように曲がっていく。さらにその波は胸、腹、腰、膝、足首、足先へと伝達していく。アニメーションダンスというらしい。身体の部位が別個の生物かのように動くが、同時に力が連動して流れていくのを感じた。

 イチコがそれに「ほわ~」とため息をもらしながら拍手する。
(勝てない。なぜかわからないけど、この人には勝てない……)
 他人に誇れる特技がある。そんな人間が、元々はイチコと組んでいた。それだけで舞を屈服させるには充分だった。舞の心は、ハンマーで頭頂部を打ち付けられていた。

 だが……いや、だからこそ、舞の反抗心は抑えつけられたバネのように跳ね上がる。
「でもこの人、バックレたんですよね!?」
 想像していたより大きな声が、事務所内に響き渡った。イチコもマサヨも、そして隅っこでパソコンをいじっていたゴールド(総合格闘技の賭けサイトに不正アクセスしていたらしい)も、そして昨日からバイトに入った七宝 珊瑚も……全員が舞に注目する。
 これまでの舞なら「やらかした」と口を押えて赤面し、自分がバックレるところだが、今は止まろうという考えはなかった。言いたいことは言う、理不尽委は抗う。それを舞は学んでいた。

「違うよ、水原さん。マーシーは……」
 マサヨは反論せずイチコを手で制する。そして、ため息を漏らし、肩の力を抜いてから応える。
「そう言われても仕方ない。信じてもらえなくてもいい。実際、大事な公演をすっぽかした形になって劇団はクビになった。それでも言いたい。私は異世界に転移していた。そして……そして……」
 マサヨは出かかった感情を飲みこむように深呼吸し、話を続ける。
「気づいたら、この世界に戻っていた。戻されたのか、戻れたのか、それも理由はわからない。だけど、みんなに伝えたいことがあるの。聞いてくれる?」

 マサヨの表情は真剣そのものだった。舞は息を呑み、他の者たちも間を置かずにうなずく。マサヨは全員を見渡してから、ゆっくりと言い聞かすように言葉を吐いた。
「異世界の神沼が、この世界を侵略しようとしている」
「そ、それは神沼重工って連中のこと?」
「ええ。ここと極めて近い可能性を辿った世界がある。その世界において神沼 蓮の祖父は巨大人型兵器を産みだし、太平洋戦争に勝利した。そして実質的に世界を征服したの。もちろん神沼 蓮の時代までね」
「あのゲロカス一族が!?」
「最悪だよね。でも実際に私は見た。抗う救世主がいない世界を。だけど、それでも神沼重工は満足しなかった。並行世界――すなわちマルチアヌスの存在を知った神沼は、自分たちの世界と隣り合う世界をも手中にせんと動き始めたの。すでに尖兵が送られているはず。イチコたちは知ってるよね?」
「まさか、昨日の蜘蛛みたいなメカ……!?」
 マサヨは、イチコの問いに、ゆっくりとうなずく。その重さは事態の深刻さを物語っているようだった。
「神沼重工は、蜘蛛を始めとして様々な兵器を、こっちの世界へ送りこむ準備を進めてる。だけどこの世界を征服することは、他世界を侵略する足がかりにすぎない」
「マーシー。なぜ神沼重工は、この世界を狙うの? 足がかりにするなら、他の世界だっていいはず」
「それは……」
 マサヨは言葉に詰まったが、意を決して続きを紡ぐ。
「それは、この世界にだけ存在する“トクイテン”が存在するからよ」
「トクイテン? それって脱税した?」
 ここで、ようやく舞もツッコむ隙ができた。
「チュートリアルじゃないんですから」
 イチコはニヤッと笑ってくれたが、マサヨは尚も真剣に話を続ける。

「“特異点”。それは、あらゆる世界、あらゆる可能性の中でひとりしかない存在。その特異点の可能性を操作すれば、すべての世界の可能性を操作できる。神々の申し子のごとき人間」
「そんな凄い人間が、この世界に!? ま、まさか、まさか……」
「その人物の候補が、この世界にいる。神々がケツ穴――マルチアヌス――を通じても、たったひとりしか産みだせない特別な人間が」
「ええっ!? だ、誰!? ケツ穴ってことは、巨人の坂本?」
「いいえ、それは――」
 マサヨ自身も口にするのを躊躇したのか、唾を飲みこむ。そして一拍を置いてから、再び静かに口を開き始める。
「唯一無二、志村けんに全力でツッコめる、完璧の究極のコメディアン。その名は……」
 全員が身を乗り出す。舞は動じず、当たり前のように、そして一種の諦めをおびたかのように、その名を口にした。

「田代まさしよ」

つづく。