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小説ですわよ第2部ですわよ1-3

※↑の続きです。

 機械蜘蛛の銃口が、完全にこちらを捉えた。イチコが引きつった笑顔を浮かべる。
「ハハッ、これは……二度目の死かあ?」
「もう死なせませんよ。こうなったら私が!」
 舞は相撲の精霊を頼ったが、何度心の内で叫んでも応えてはくれない。イチコと相撲をとって以来、あのクソリプ横綱は舞の心から消えてしまっていた。もう蘇ることはないのだろうか。

 そのときカーナビの画面が光り、ナビAIが言葉を紡ぐ。
「こうなれば緊急脱出装置を作動させ、おふたりを上空へ打ち上げたあと、本車を敵ごと自爆させます」
「えっ……じ、自爆って!」
「皆様とのドライブ、とても楽しかったです。なにより返送者どもを轢く快感は最高でした。緊急脱出装置、起動シークエンス開始」
「ちょっと待って、69ピンキーセプター! そんな簡単に!」
 舞はカーナビのディスプレイを揺さぶる。返送者を轢く快感や助手席での寝心地を与えてくれ、共に死線を潜り抜けた友があっさりと自爆を選ぶことなど受け入れられるはずもない。
「お別れは私も辛い。ですが、これしか……」 
 イチコは友の悲痛な声を無視して、ハンドル左脇のボタンを押した。舞は車に配置されたボタンを大体把握したつもりだったが、そのボタンは見覚えがなかった。
「前後左右が無理なら、上だ」
 イチコが呟くと同時に、舞は胸がくすぐったくなる。そして車体が激しく上下に揺れ、頭を抑えつけられるような重力が襲った。
「これって……!?」
 窓越しに見える夜の田舎道が、みるみると下方へ遠ざかっていく。道路を塞ぐ蜘蛛も。69ピンキーセプターすなわちハイエースが、何らかの力によって一気に空中へ上昇したのだ。

「イチコさん、なにやったんですか!?」
「オナラだよ」
「は?」
「つまりメタンガス。私も水原さんも軍団も、この車に乗ってるとき、すかしっ屁してたでしょ? それを空調システムを通じてタンクに蓄えておいて、火をつけたんだ」
 確かに舞は車内で何度も何度も、すかしっ屁をかましていた。イチコが同じことをやっていたのも知っていたが、あえて黙っていた。軍団が屁をこいたときは大声で文句を言った。それらすべてが貯蓄され、引火させることでハイエースを空に飛ばしたらしい。

「ああ、その手がありましたね」
 ナビAIが呑気に言う。ついさっきの自爆のくだりはなんだったのか。
「ピンキーセプター、残りのガスを調整して事務所へ着地できるようにしておいて」
「了解」
 プシュッ、プシュッと空気の漏れる音が聞こえ、上昇していた車体が横方向へ流れるのを舞は感じた。
「でも、無事に着地できますかね?」
「この車、普通の衝撃には滅法強いから」
 普通の衝撃……舞は車体に空いた穴を見つめる。つまり機械蜘蛛の銃撃は普通でないということか。イチコを見やるが、腕を組んで目を閉じ、仮眠に入っていた。
 舞は昼間、元バイトのマサヨが警告した“異世界の神沼重工”を連想したが、今日は疲れたので事務所へ着くまで眠ることにした。次に目が覚めたのは事務所へ着地へしたときだったが、疲れで意識が朦朧としていたので、さっさと自宅へ戻った。

 翌日。舞は定刻15分間に事務所2階の前へ着く。ドアの向こうから、イチコがきゃあきゃあと喜ぶ声が聞こえてきた。軍団たちと芸能スキャンダルで盛り上がっているのだろうか。舞はその話題に混じりたく、事務所のドアを勢いよく開けた。
「おはようございます。TKOはどっちもやらかしそうですね!」
 が、舞の眼前に広がっていたのは、想像しようもない光景だった。
「チャ~チャララ♪ チャッチャッチャラ~ラ~♪ チャ~チャララ♪ チャッチャッチャラ~ラ~♪ ぬ~ぼ~♪」
 イチコが口ずさむメロディに合わせ、昨日遭遇した田代マサヨがバラを咥えてフラメンコを舞っていたのだ。

 舞の両ひざから力が抜け、地面にへたりこむ。ネットの片隅で“脳破壊”という言葉を知っていたが、目の前の光景は、まさにそれではないかと思った。