小説ですわよ第3部ですわよ5-6
※↑の続きです。
※キクノスケと森川イチローについては↑をご覧ください。
「科捜研に入るんだ」
ブルーがあっけらかんと事務所から離れる理由を明かした。
科学捜査研究所。通称:科捜研。
各都道府県の警察本部に附属する機関である。科学捜査の研究や鑑定などが主な活動だ。警察にコネをもつホワイトの紹介で、ブルーは特別採用枠の所員に採用されたという。
ちなみにブルーの特技は『つんつん』。指でつつくだけで、物質や生物の情報を読み取ることができる。それは一般的な科学力では検知できない情報も含む、魔法のような能力だ。科捜研でも大いに役立つだろう。
「リッツパーティーしてくるよ」
「ドラマじゃないんだから、沢口靖子はいないでしょ」
舞はブルーに対し反射的に突っこんでから、本来第一声であるべき言葉をかける。
「仕事が決まったんだね。おめでとう。でもイチコさんの記憶を取り戻してからじゃダメなの?」
「そうしたいけど……答えを先延ばしにする生き方を変えたいんだ。この機会を逃したら、もう二度とできないと思うから」
もっともな理由に、舞が反論する余地はなかった。
「プロボクサーを目指して、まずプロテストを受けるッス」
「実家のカレー屋を継ぐことにしたんだ」
「顔だけはいいので姉がモデル事務所に書類を送ったら通っちゃったんです」
「ロシアのハッカーグループからスカウトされてな」
レッド、イエロー、ネイビー、ゴールドも次のステップを明かした。誰もが清々しく、まっすぐな瞳をしている。こんなに生き生きと引き締まった軍団の表情を、舞は初めて見た。
綾子が組んでいた両足を解き、ゆっくりと話し始める。
「前々からブルーたちには相談されていてね。ウラシマという最大の脅威も消えたことだし、いいタイミングだと思ってたのよ」
この場でブルーたちが勝手に言い出したことではないようだ。舞はますます慰留しづらくなった。だが探偵社の仲間が問題を抱えているというのに、冷たくはないか。そう思って舞はイチコを見やる。
「イチコさん、ブルーたちのこと知ってました?」
「ううん。初めて聞いた」
イチコは悲しみや不満のない穏やかな真顔で首を振る。
「みんな、私のことは気にしないでいいからね。おめでとう!」
八重歯を見せて笑うイチコ。なにかを取り繕うわけではない心からの言葉だと舞にはわかる。だからこそ心を締めつけられた。重い空気にならないよう、岸田がイチコに便乗する。
「みなさんの卒業祝いに、今日はカレーをたっぷり用意してあります。心ゆくまでお召し上がりください」
軍団は素早く立ち上がり、配膳台の前に並んだ。いつもなら、並び順を巡って醜い乱闘が起こるのだが……今日は卒業するブルーたちに先頭を譲り、粛々とおかわりが実行された。
午後は事務所に戻り、早速卒業メンバーの引っ越し作業が始まった。といっても軍団は三階に集団で寝泊まりしている関係上、私物はほとんどない。せいぜい多くて段ボール2~3箱だ。夕方に珊瑚がやってきたが、その頃には配送業者がすべての荷物を引き取っており、手伝えることといえば簡単な掃除くらいなものだった。
「お世話になりました」
「事務所に戻ってくることがないよう頑張るのよ」
レッド、イエロー、ネイビー、ゴールドは綾子と短い挨拶を交わし、駅のほうへと歩いていった。それぞれが乗っていた車両は返却され、当面は綾子の邸宅に保管されるという。最後に残ったブルーだけは図々しくも青い自転車にまたがり、そのまま去ろうとしていた。
「じゃあね」
舞がブルーに声をかけると「うん」とそっけない返事が返ってくる。そして、そのままのテンションで平然と人差し指を舞の胸に向けてくる。
「最後につんつんしていい?」
「ダメに決まってんでしょ。あんたね、科捜研でそんなことしたら素振りだけでも一発でクビになるよ。ていうか逮捕だよ」
「わかってる。だから最後の記念に」
ブルーが指を伸ばしてきたので、舞は素早くつかみ取って捻り上げた。
「ダメなもんはダメ。元気でね」
「水原さんもね。死んだら科捜研で解剖してあげる」
「冗談じゃないっての」
フッと軽く笑い合ってから、ブルーはペダルを漕いで夕焼けの中に消えていった。
別れといっても異世界に行くわけじゃないのだから、会おうと思えばいつでも会える。しかし舞は彼らと二度と会うことはないのだろうと、なんとなくだが思った。学校を卒業してから一生再会することのない同級生がいるように、ある場所ある状況が繋いでいた関係はあっさり途切れる。探偵社のメンバーも同じことだろう。
翌朝、舞が探偵社専用のチャットアプリを開くと、卒業メンバーのアイコンが灰色になり「解除済みアカウント」と表示された。
それから残ったメンバーで日々の業務をこなしながら、元ウラシマの返送者2名を捜索することになった。しかし返送者は王から『隠匿』の魔法を継承しており、まったく手がかりが掴めないまま1年が過ぎた。
その間の夏に、珊瑚がバイトを辞めた。塾の短期講習を受ける資金が溜まり、受験に専念するためだ。舞は珊瑚とは個人的に連絡先を交換しており、正月にはイチコも含めて初詣に行くなどの交流はあった。事務所にも時折顔を出してくれた。しかし珊瑚は都内の国公立女子大に合格したので、今までのような繋がりは徐々になくなっていくだろう。
そんな寂しさが募る2024年の春。ついに舞たちは、キクノスケなる標的の返送者を再返送した。そしてウネウネ棒の所有者である、本当の森川イチコ――“森川イチロー”も見つかったのだった。
つづく。