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小説ですわよ第3部ですわよ7-7

※↑の続きです。

「いらねえ!」
 舞の叫びと、肉のぶつかる音が、同時に響き渡る。三平は娘が宇宙お嬢様をぶん殴ったと思いこんでいた。実際に舞は殴りかかるべく、テーブルの上に飛び乗って宇宙お嬢様に拳を振り上げた。が、それよりも速く、御付きのギャルメイドが舞に鉄拳を繰り出していた。そこへイチコが割って入り、ギャルメイドの攻撃を両手で受け止めたのだった。口からポテトがはみ出ている。
 矛先を向けられたお嬢様当人は涼しい顔でサムライマックを食べ終え、包装紙を寸分の狂いもない二等辺三角形に折りたたむ。
「ごちそうさまでした。マクドナルドの素晴らしさに免じ、この狼藉はなかったことにしましょう」
 お嬢様がそっと手拍子をする。控えめにパンと音が鳴ったかと思うと、舞たちは全員「いらねえ!」の直前に戻っていた。舞は音を立てて紅茶を啜り、イチコはポテトをバカ食いし、ギャルメイドはお嬢様の傍らで凛と佇んでいる。しかし舞たちに乱闘の記憶は残っており、サムライマックの包装紙は三角形に折りたたまれていた。

 歪な時間の巻き戻し。これこそが因果を支配し、操ることなのだと今の舞には理解できた。宇宙お嬢様は、ほんのり浮かべ続けていた微笑みを消し、わずかに語気を強める。
「今、アヌス01を消すこともできました。ですが、そうしなかった。ゆめゆめお忘れなきよう」
 運命は、宇宙お嬢様の手のひらで握られている。警告である。
 舞は今さら屈することなく逆に怒りを燃やしたが、どうにか炎を胸の中で留めた。許せぬモノに立ち向かう意思は必要だ。それが舞を成長させてくれた。同時に、憎い敵をぶちのめすだけでは救えないモノもある。神沼を倒したのも、操られたマサヨと愛助を助けたのも、イチコを取り戻せたのも、守りたいという想いがあったからだ。それは宇宙お嬢様も同じだろう。彼女はこのビッグアヌスの崩壊を止めたい。今すぐにでもマルチアヌスを再統合できるだろうが、ちっぽけな人間の話に耳を傾けている。舞たちの視点とは全く異なる価値観であるし、やり方は気に入らないが、敵ではない。彼女らと協力し合わねば、事態は解決しないのだ。

 舞は元栓を閉じ、怒りの青白い炎を断ってから切り出す。
「ビッグアヌスを拡張することはできないんですか?」
「拡張すればするほど、マルチアヌスの増殖も加速するだけですわ。物理的な容量の問題ではないのです」
「じゃあ、別のビッグアヌスを作るっていうのは? マルチビッグアヌスですよ!」
 舞が咄嗟に思いつくレベルだ、宇宙お嬢様たちは淡々と否定すると想像しつつもダメ元で言ってみた。が、お嬢様の反応は想定外だった。
「……それができるなら、何も消えずに済んだでしょうね」
 目じりを下げ、うなだれる姿は宇宙の支配者ではなく、悲しみにくれる少女であった。
「わたくしたちは、なにかを生み出すことができないのです。ただそこにあるものを管理するだけ。マルチアヌスだって、わたくしたちが作っているのではない。そこに住まう命が歩む可能性が分岐して、自動的に生まれるのです」
 宇宙お嬢様が、自分たちの存在について語り始めた。

 ――なぜかはわからない。永遠に続く闇の中に、あるとき突如として光が生まれ、爆発が起こった。光は無限に広がり、巨大な宇宙とその中に内包される小宇宙に形を変えた。そして気がつけば光は自我を持ち、宇宙の中心に立っていた。金髪縦ロールのお嬢様と、小麦色の肌のギャルメイド軍団として。
 光は宇宙を作ったのではない。闇の在り方を変えたに過ぎない。それはこれからも同じだ。光にできるのは宇宙を見守り、その在り方を整えることだけだ。粘土をこねて新しい何かを形作ることも、粘土そのものを作り出すことはできない。宇宙秩序の理想が球体だとするならば、ただ粘土をこねて、表面を整え、団子の形を維持するしかできないのだ。ゆえにアビス・オブ・アヌスには立ち食い蕎麦も、マクドナルドも、ホルモン焼きもなく、買いにいくしかない。料理を作ることはできてもレシピがわからない。だからリュウジのバズレシピを真似る。
 光は管理者であって創造主ではないのだ。

 すんと鼻をすすり、宇宙お嬢様は涙声を飲みこむ。舞には宇宙規模の絶望を受け止め切ることはできないが、共感はできた。探偵社に入るまで、舞は世界に存在するようで、どこにもいなかった。あらゆる人々を『すれ違う通行人』と捉え、距離を置いてきた。通行人たちが歩む幸福な人生を、外から無関係な者として見つめていた。そこに何も感情は持たないと思いこんでいたが……本当は自分も輪に入りたかった。しかし居場所を自分自身でなくし続けてきた。
 舞には、宇宙お嬢様たちの在り方を変えることはできない。だが希望を与えてやりたいと心から思った。「あなたたちがマルチアヌスを見守り続けてきたおかげで、あなたたちを救うことができるのだ」と。

 しかし想いだけでは、どうにもならないので……隣の相棒に丸投げしてみた。
「イチコさん、どうにかなんないですか? あなた特異点なんでしょ」
「もごもご……ふえぇっ!?」
 イチコは自分に振られるとは思っておらず、驚いてポテトを喉に詰まらせる。3本だけのはずが、Lサイズのほとんどを食らい尽くしていた。マックシェイクをひったくり、ポテトを流しこんでからイチコが答える。
「できるよ」
 あまりにあっさりと言い放ったので、全員が聞き間違いかと疑って固まる。
「新しいビッグアヌスを作ればいいんでしょ?」
 舞、宇宙お嬢様、御付きのギャルメイドが自然と顔を向き合わせる。お互いに無言で首をかしげて「これ何かの聞き間違いじゃないよね?」と相手に確かめた。3人はぴったり同じタイミングで息を吸い込み、声を吐き出した。
「マジですか!?」
「マジでございますか!?」
「マジですの!?」
 一拍置いて、イチコは当然のようにうなずく。
「うん」
 言いながらマックチキンナゲットを奪おうとしたが、伸ばした手は宇宙お嬢様に叩き落とされた。「え~、いいじゃん」と不満を漏らしてから、イチコは立ち上がり、かめはめ波のようなポーズをとる。
「スカラーサンシャインを使う」
 イチコはニヤニヤしながら「名案でしょと」ばかりに見渡すが、舞は意味が分からなかったし、宇宙お嬢様とギャルメイドたちは青ざめていた。

「スカラー……サンシャイン……?」
 舞の疑問に、イチコが構えを取ったまま説明を始める。
「全マルチアヌスのスカラー電磁波をひとつに凝縮させて、そのすんごいエネルギーでビッグアヌスに穴をあけて、隣に新しい宇宙をビッグアヌスを作るんだよ」
 つまりビッグアヌスが誕生した際の、光=スカラー電磁波の爆発を意図的に起こそうというのだ。
「テポドンの火力なんか目じゃない爆発が起こるぞ~!」
 宇宙お嬢様とギャルメイドは血の気が引いたままだが、イチコは気にせず続ける。
「記憶を失くす前、使おうとしたんだけどさ~。私ひとりじゃエネルギーが上手く制御できないし、ギャルメイド軍団に邪魔されてできなかったんだよね」
 宇宙お嬢様がようやく我に返り、今までになく声を荒げる。
「当然ですわ! ビッグアヌスに穴を空けるなんて、崩壊を速めるだけじゃないですの!」
「それを修復するのが、君らの仕事でしょ」
「うっ……で、ですが、エネルギーを制御できないのでしょう?」
「前はね。スカラー電磁波を凝縮させるのに精いっぱいで、撃ちだすことができなかったと思う。だけど今は……」
 イチコは舞の肩に力強く手を置き、かっこつけてウインクする。
「私の運命を導いてくれる相棒がいる。ね?」
 が、言われた方はたまったものではない。
「『ね?』じゃないですよ、そんな宇宙規模のエネルギーをどうやって私が撃ちだすんですか!?」
「ああ、これこれ」
 イチコが床に置いていたウネウネ棒を拾いあげる。そのおぞましさに、宇宙お嬢様とギャルメイドの背筋が跳ね上がった。
「ウネウネ棒の全力スイングでさ、スカラーサンシャインをかっ飛ばしちゃってよ。サミー・ソーサとかマグワイアとか、バリー・ボンズとかみたいに」
「全員、反則バットやステロイド使った残念バッターじゃないですか! 今なら大谷翔平に例えてくださいよ!」
「えっ、でも大谷翔平っていうより名前的に……ハハーッハッ!」
 イチコが舞を指さし、腹を抱えてゲラゲラ笑い転げる。宇宙お嬢様もギャルメイドに小声で「新しい通訳も妙にキャラが立っていますわね」「最近はスカラー電磁波の乱れで野球中継の映像が途切れて困りますわ」などと世間話をしている始末だ。宇宙崩壊の瀬戸際にあるとは思えぬ空気だが、逆に舞の希望となった。
「やりましょう。スーッと来た球をガーンと打つ!」
 舞がウネウネ棒を手に取る。選んだバッティングフォームは、大谷翔平でも残念バッターたちでもなく、読売巨人軍のレジェンド・長嶋 茂雄であった。
「えー、どうもー、メイクミラクルです。セコムしてますか」

つづく。