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小説ですわよの番外編ですわよ4-4
※↑の続きです。
ピンク女と黒女は顔を見合わせ、互いにうなずく。
「行くよ、水原さん!」
「はい、イチコさん!」
「とうぅ!」
「とうっ!」
イチコ――黒女と、水原――ピンク女は同時に助走をつけてジャンプし、
天井スレスレの放物線を描きながら、クソオヤジに飛び蹴りを食らわせる。
「ダブルアルバイターキィィィック!!」
クソオヤジは飛び蹴りを受けて後方へ吹っ飛び、ピラミッド状に積まれたビール缶の山に突っこんだ。その丸々と太った醜い身体を起こすのに苦労し、短い手足をジタバタさせる。
そこへ青ジャージの少年と、ラブホで暴れたキモ紫が割れた窓から入ってきた。
「ブルー、パープルは、七宝さんのお母さんを救護して」
イチコの指示を受け、ブルーと呼ばれた青ジャーが母の背中を指先でつんつんする。 パープルと呼ばれたキモ紫は、母をゆっくりと仰向けに寝かせた。
「気を失ってるだけだね。怪我は、テスラ缶で治せるよ」
「でも今、起こすのはやめておこう。この状況を見たらパニックになる。終わってから記憶を消した方がいい」
一連の出来事を、珊瑚は茫然と見ていることしかできなかった。ようやくジワジワと安堵感が湧いてくる。だが、それでも声を出したり手足を動かすことはできない。
クソオヤジが立ち上がり、鼻をブタのように鳴らす。
「なんだ、てめえら! 神沼かウラシマの差し金か!」
「私たちは吸血鬼がつかわした、非正規雇用の戦士!」
「悪質返送者の敵、そして市民の味方。ピンピンカートン探偵社!」
イチコが手刀を眼前に鋭く突き出す。続けざまに水原が両拳を左肩の上で握る。戦いの構えをとっているようだ。
切れかけた蛍光灯の下、ふたりの目が緑色に光る。その強い意志を宿した眼差しは、かつての彩斗を思わせた。
クソオヤジは気圧され歯噛みし、眉をひそめて数歩あとずさる。珊瑚は父が焦るのを初めて見た気がした。
それに対し、イチコはハッとなにかを思い返す。
「あっ、水原さん! 探偵社の名前は出しちゃまずいよ!」
「やばっ! だけど目撃者は軍団が記憶を消してくれるんですよね?」
「それでも万が一ってことがあるからさ~」
「あちゃ~」
「ま、報告書に書かなきゃバレないでしょ」
「よかったあ……」
先ほどの緊張感はどこへやら、仕事でちょっとしたミスをしたかのように、ふたりはヘラヘラと会話を繰り広げた。
それにクソオヤジが怒り、腰を落として構える。
「ナメやがって、メスガキどもが。これを受けてみやがれ、ブルルルオオオン!」
クソオヤジが奇妙な叫びをあげると、全身から白い霧状の気体が噴き出した。これが異世界で父が得た能力だ。以前、借金取りの大男を一瞬で眠らせたのを、かつて珊瑚は目撃していた。珊瑚が“稼ぎ”で使うスプレーの中身でもある。
しかしイチコと水原は手で口と鼻を覆い、身をかがめて霧を回避した。そして割った窓から外へ飛び出し、クソオヤジを挑発する。
「来い、返送者!」
「悪事をSNSで拡散されたくなかったらなア!」
「逃がすか! ブルルオォン!」
クソオヤジはまんまと乗せられ、ふたりのあとを追っていった。
残されたのは気絶した母と、それに寄り添うブルー、パープル、そして珊瑚だった。
「あ、お母さんは無事だから」ブルーが珊瑚を見る。
「部屋は元に戻しておく」パープルがボソッと呟く。
それを聞いた珊瑚はフラフラと立ち上がり、落とした包丁を手にする。なにをすべきかわからない。だが、このままではイチコと水原が危ない。父の能力は霧だけではないのだ。珊瑚は靴を履き、ドアを開けた。
雨がまだ降り続けている。
外へ出て、戦いが繰り広げられているであろう場所へ回りこむ。到着すると、クソオヤジが第2の能力を使う瞬間だった。
「生かして帰さん! ブルルルオオオン!」
クソオヤジは両腕で両ひざを抱えて座りこみ、ボールのように丸まった。そして縦に高速回転を始めると、バウンドしながらイチコと水原に体当たりを繰り出す。ふたりは自動車に撥ねられたように吹っ飛び、泥水たまりに転倒した。
これだけの騒ぎになっても、アパートの住人たちは何の反応も示さない。こんなものは日常茶飯事であったし、関わるまいと警察に通報すらしないのだ。
クソオヤジはボール形態から戻り、ふたりに覆いかぶさって執拗に殴り続ける。
「ブルルル! 貴様らも返送者のようだが、大したことなかったな!」
クソオヤジが汚い歯をむき出して笑う。ふたりは殴られながらも、その瞳は爛々と緑に輝いていた。
「違う、私たちは……アルバイター!」
「悪の返送者から市民の自由を守るために戦うのだ!」
強い言葉とは裏腹に、ふたりは抵抗ができない。鼻から、口から、血が流れる一方だった。クソオヤジがふたりに下卑た笑いと拳を浴びせる。
「前にも、貴様らのような正義気取りのバカがいたよ。そいつに一度は殺された。だが俺は生き返り、そのバカはブタ箱だ。ブルルオオオン!」
「ううっ……」
「ぐっ……」
イチコと水原は顔を真っ赤な血で染め、うめき声を漏らす。母をいたぶるのとは違う。クソオヤジは強敵を殺すつもりで殴っている。雨を受け、水分を含んだ殴打の音が、何度も何度も響く。
(なんとかしなきゃ! なんとか……!)
珊瑚は包丁を両手で握りしめる。しかし手足は震え、その場から動くことができない。声を絞り出すのが精いっぱいだった。
「あ、お父さん……」
「あ?」
「やめて……その人たち、死んじゃう」
「そうするつもりだからな。こいつらの次は部屋の連中をやる」
「やめて! 全員、帰ってもらうから。二度と来ないように私が言うから!」
クソオヤジはポカンと口を開けたあと、すぐにゲラゲラと笑う。
「情けねえ! 彼氏がきたときも、母親が殴られているときも、お前はいつも震えているだけだな。結局、わが身が可愛いんだろう。ああ情けねえ、情けねえ、ブルルオオオン!」
「っ!!」
クソオヤジはフンと鼻を鳴らし、再びイチコたちを殴りつける。
まさか、この男に図星を突かれるとは思わなかった。
(悔しいけど、その通りだ。私はいつもそう。大切なものが傷つき、奪われるのを見ているだけ……)
泥酔して眠っている父を殺そうとしたこともあった。だがそんなことをすれば自分も刑務所行きだ。彩斗が人生を捨ててまで守ってくれた意味がなくなる。弱い母をひとり残すことになる。
それが間違っているわけではないのだと思う。
しかし見ているだけでいいのか?
彩斗の正義に対し、真に報いとなる行動はなにか?
母を守るために、とるべき行動はなにか?
答えは、もうわかっている。
見ず知らずの他人を助けようとして傷つく、あのふたりが教えてくれた。
皮肉にも、あの醜い肉塊の言葉が背中を押してくれた。
手足の震えは、すでに止まっている。
(私も勇気をもって正義を実行する!)
珊瑚は濡れた前髪を手で払い、包丁を握りしめた。
「うあああああっ!!」
ぬかるんだ地面を踏み、前のめりに包丁へ全体重を預け、クソオヤジへ一直線に突撃する。
クソオヤジは想定外の攻撃に驚き、下敷きにしていたイチコたちから飛びのいて立ち上がった。そして珊瑚の右側へと身をひるがえし、いとこ簡単に攻撃を捌いてしまった。
珊瑚は前につんのめるのを必死に踏ん張り、クソオヤジが回避した方向へ向き直る。同時に石で殴られたような衝撃を顔面に受け、尻もちをついた。
一瞬のブラックアウトから戻り、顔を上げる。目の前にクソオヤジの姿があった。包丁を構えようとするが、どこかに吹っ飛んでしまっていた。
「ちょっとは根性あるじゃねえか。だけど可哀そうになあ。普通の人間じゃ俺は殺せねえんだよ」
珊瑚は視線をそらさず、クソオヤジを睨みつける。
「あ~あ。しばらくお前は”稼ぎ”に使えねえな。まあいいや、教育指導だ」
クソオヤジが拳を振り上げる。
(ここまでか……彩斗、お母さん、ごめん)
しかし醜い拳が振り下ろされることはなかった。
クソオヤジの身体が宙に浮かび上がり、旋回しながら上空へと放り投げられる。イチコが背後からクソオヤジを掴み、真上へ投げ飛ばしたのだ。
「アルバイターもみもみシュート!」
「ブルォッ!?」
「トドメだ、水原さん!」
「はいっ、イチコさん!」
クソオヤジが放物線のピークに達し、緩やかに落下し始める。それに合わせ、水原が上半身を捻りながらの飛び蹴りを放った。
「アルバイター凡人キィィィック!」
蹴りはクソオヤジのどてっぱらに命中。クソオヤジは地面に叩きつけられ、ゴロゴロと高速で転がっていく。やがて仰向けになって止まり、動かなくなった。
イチコがどこへともなく叫ぶ。
「69ピンキーセプターよ~い!」
すると遠くからエンジン音とライトの光が近づき、ショッキングピンクのハイエースがこちらへと走ってくる。運転席には誰も乗っていなかった。ハイエースのドアが自動で開く。
珊瑚が呆気にとられていると、イチコと水原が手を差し伸べてくる。
「乗って、七宝さん」
「終わらせましょう、一緒に」
「……はいっ!」
具体的に何をするのかなんて、わからない。だが珊瑚は今度こそふたりの手を掴み、立ち上がる。
イチコが運転席に、水原が助手席に、珊瑚は後部座席に座った。
「さあやるよ。アイツを異世界へ送り返す!」
「うおおおっ! アルバイター、トリプルパワー!」
(えっ、私も!? よくわかんないけど!)
珊瑚が野暮なツッコミを心で済ませると、ハイエースが急発進・急加速する。息をつく間もなく、重い衝撃が車内を揺らす。クソオヤジの身体がまたもや宙へ吹っ飛び、そして……光の粒子となって霧散していった。
車内の暖房が、冷えきった珊瑚の身体をじんわりと温め、血流を促す。
雨は、すっかり上がっていた。
つづく