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小説ですわよの番外編ですわよ2-3

※↑の続きです。

「御社で宝屋のウンコを保存していませんか?」
 舞は指示通りに質問する。宝屋の肉体や排せつ物がこの世界に残存しており、それが念話を妨害しているというのが綾子の推測だった。

 すると社長は明らかな動揺を見せ、むせて葉巻の煙を吐き出す。
「なっ、バ、バカな。そんなもの保存してあるはずが……」
 視線を外した先には、冷蔵庫があった。レッドが素早く近づき、ドアを開ける。しかし中は空だ。野菜室も同様だった。最後の冷凍室に”それ”はあった。
「うへぇ、汚ねぇ~ッ! 本当にあったッスよ!」
 レッドはファスナー付き食料保存袋に入った“それ”を掲げた。舞のレンズ越しに映る“それ”は淡くピンクに発光している。超常能力を帯びている証拠だ。これ以上見ていると昼食を口にできなくなりそうなので、舞は“それを”視線の端へ追いやった。

 社長は息を整え、黒革の椅子に深く座り直す。
「フン……それが宝屋のウンコであることは認めよう。しかし、だからどうだというんだ」
「なぜ貴様は、こんなものを保管している?」
「ウンコに妨害能力があることは聞いている。工場を外部の返送者から守るためだ」
 もっともな理由だと舞は思った。しかしホワイトは他に引っかかったことがあるようだ。
「外部……ね」
「気は済んだか? お前たちにできるのは、心の中で「スカトロおやじ」と私を蔑むことくらいだ。とっとと帰れ。エレベーターまでは送っていってやろう」
 社長は立ち上がり、手をあおって「部屋から出ろ」と促してくる。
「おっと、ウンコは返却しろ」
「あ、はい」
 レッドはそそくさと冷凍室の引き出しを開ける。ここで綾子の声がざらついて聞こえてきた。
(レッド、ウンコを返すフリをして盗んでジャージの下に隠しなさい)
(イヤッスよ、汚ねぇ!)
(袋越しなんだから、我慢なさい)
(オレの名前はブラウンじゃなくてレッドッスよ! スカトロ担当じゃないッス!)
(逆らうなら、お昼ご飯は抜きよ)
(くぅっ……了解ッス)
 レッドは肩を落とし、ウンコ袋を冷凍室に入れるフリをしてから、素早く懐をしまう。そして舞たちは廊下へ出た。

 ガラス張りの窓から作業エリアを見下ろすと、変わらず従業員たちが管理者たちに虐げられている。社長が鼻を鳴らしながら、満足げな笑みを浮かべた。
「子供のころからアリが好きでね。土を詰めた瓶の中で、働きアリたちが巣を掘る様子をよく観察していたものだ」
 それにホワイトが舌打ちして、言葉を吐き捨てる。
「それで今は女王アリ気分というわけか」
「違うな。働きアリは女王がいなくても、巣を作る。目的も我欲もなく、ただひたすらに穴を掘るんだ。私はその美しい姿を見ていたい」
「今あそこで苦しんでいる人間だろうが」
「働きアリにならないから苦しむんだ。女王アリや観察者を夢見なければ、人は美しく生きられる」
 舞は社長に相撲技を食らわせ、突き落としてやりたかったが必死にこらえた。

 ここで再び綾子から念話が飛んでくる。
(水原さん、従業員たちはピンクに光ってる?)
(いえ、誰も光ってないですけど)
(レッド、宝屋のウンコは?)
(なんか溶けて柔らかくなってるッス……)
(宝屋の超常能力は、集中しなければ発動できなかった。ウンコの能力も同じなら……冷凍庫で保管していたならば……温度か形状を保てなくなれば……)
(あの、社長?)
(魔封じのしずくをウンコにかけなさい。直接よ)
(袋を開けろってことッスか!?)
(いいから早くなさい!)
(わ、わかったッスよお……)
 レッドが懐から“それ”を取り出した。心なしか先ほどよりピンクの光が弱まっているように見える。そしてレッドは袋をあけ、顔を歪めながらピンク色の液体――魔封じの雫――が入った瓶のふたをあけた。気づいた社長が慌てて飛びかかる。
「あ、こらっ! 私のウンコを返せ!」
 レッドは社長を振り払って、魔封じの雫を“それ”にふりかける。
「ああっ! な、なにをしやがったぁっ!?」
「ウンコの能力を無効化したッス……うぷ」慌てて“それ”の袋を閉じる。
(水原さん、もう一度下を見て)
 舞は指示に従った。目に飛び込んできたのは、一面ピンクの光。作業従事者たちが返送者の証を輝かせていた。
「こ、これは……!?」

 ホワイトがメガネのつるを指でくいっと上げる。
「従業員は返送者だった。しかし神沼のウンコのせいで能力を封じられ、逆らうことができなかったということだ」
「でも、それなら逃げるとか警察にかけこむとか、すればいいじゃないですか?」
(できない理由があるのよ。従業員の大半は戸籍を偽造し、その弱みをここの社長につけまれた。ホワイト、詳しくは直接聞いてみて)
「かしこまりました、お嬢」
 ホワイトは社長の首根っこを掴み、顔を覗きこむ。
「社長。ここの従業員は返送者で、身分証を偽造している疑いがあります。おそらくウラシマの手引きで」
「なっ……!」
 ウラシマとは、“王”なる男が支配する身寄りのない返送者たちのコミュニティだ。不可侵を掲げ、外部からの接触も外部への干渉も拒絶している。綾子たちも関わることを避けたがっていた。
「貴様の後ろ盾は警察や反社ではなくウラシマだな。彼らから返送者たちを雇うよう持ち掛けられたんだろう。そして返送者たちの能力を封じ、弱みにつけこんで過酷な労働を強いた。そうだな?」
「ウ、ウラシマ? 宝屋から名前を聞いたことはあるが」
「当然、とぼけるだろうな。貴様もウラシマも。彼らはウラシマ街の外で起こったことには干渉しない。だから貴様は報復を恐れず、返送者たちを堂々と奴隷のように扱うことができた」
「ぐっ……」
 社長は唇を噛むが、すぐに余裕の表情を作ってみせる。
「調べたければ、存分に調べればいい。返送者たちが路頭に迷ってもいいならなぁ、ハハハ!」
 ホワイトは社長を投げ捨てた。
「安心しろ。調査は介入の建前だ。探偵社が工場を乗っ取るためのな」
「な、なんだとぉ!?」
 これには舞も社長と同じく驚いた。
「工場を乗っ取るって、どういうことですか!?」
「言葉の通りだが」
 ホワイトは平然とした様子でスマホを取り出し、イエローに電話をかけた。
「イエロー、河川敷で練習中か? 軍団全員を乗せて例の工場へ集合だ。Jリーグカレーを調合するスパイスも忘れるな。500人分ほどあれば足りるだろう。ああ、よろしく」
 それからホワイトは額に指を当て、イチコに念話を送る。
「イチコ、車は置いて中に来てくれ。従業員を食堂に案内しろ。監視員が抵抗したらぶっ飛ばして構わん。喜べ、Jリーグカレーパーティだ」
「いや、全然話が見えないんですけど」
「鈍いヤツだな……仕方ない、説明してやろう」
 腹が立ったので、舞は綾子に念話で直接聞くことにした。

 綾子は以前から工場を買い取れないかと考えていた。ちんたま市の近場でスピリチュアルグッズを大量生産できる場所が欲しかったのだ。調べたところ、神沼や宝屋が絡んでいたことがわかった。そして更なる調査のために舞たちが送りこまれたのだった。
 綾子は工場を乗っ取るといっても、表面上はそのままにするつもりだ。アリ好きの社長の立場は変わらず、返送者たちも従業員として働く。警察も反社もウラシマも、工場に干渉することはない。
 変わるのは従業員の待遇を正当なものにすること。そして工場で生産するのが神汁からスピリチュアルグッズになることだけだ。
 これを知った社長は反発したが、綾子が相応の額を即時に振りこむと納得した。

 そして新体制の説明を兼ね、全従業員を集めたJリーグカレーパーティーが開催された。
 従業員たちも軍団も、みんな笑顔でカレーを食べた。しかし何があったのかを詳しく知る者たちは、“それ”を連想してしまうのでJリーグふりかけご飯にしてもらった。イチコだけは変わらずうまそうに、カレーを頬張っていた。
「おかわり!」

番外編2 完