
小説ですわよ第3部ですわよ3-6
※↑の続きです。
狙撃手は複数人いるようだ。しかしプロではないらしい。上空から降り注ぐ弾丸は、舞たちを狙うものの大きく外れて着弾する。
舞はイチコと共に頭を低くしながら、一目散にピンキーへ駆けていく。ホワイトを救出して逃げるという選択肢は最初からなかった。薄情者と思われるだろう。綾子に「探偵社から、ひとりの犠牲も出さない」と誓わせておきながら矛盾しているとも思われるだろう。だが下手に動けば、舞とイチコまでやられて総倒れになる。ふたりをかばってホワイトが犠牲になるという最悪の結末も考えられた。
業を煮やした矢巻も、サイレンサー付きの拳銃を懐から取り出し、発砲してくる。狙撃手と違い、矢巻は傭兵だった過去の疑惑を裏付けるかのように銃の扱いには慣れているようだ。舞がそれを理解したのは、左の太ももに高熱を感じた瞬間だった。足が止まり、その場に片膝をつく。テスラ缶を服用していたので痛みは針でチクリと刺された程度だった。しかし肉体の反応は正直で、すぐに全身から不快な脂汗が流れだす。イチコが振り向き、足を止める前に舞が叫ぶ。
「イチコさん、走って!」
うなずく間も惜しいとばかりに、イチコは再び速度を上げて走る。この状況を打破できるのはピンキーと自分しかいないと判断したのだろう。舞は彼女が自分の意図を理解してくれたことが、命の危機だというのに嬉しかった。
そして、もうひとり。いや、もう一台。状況を察知した者がいた。ピンキーが自ら公園の鉄柵をブチ破り、射線を遮るように舞たちと矢巻たちの間へ車体を滑らせる。ピンキーは抑揚はないが必死な口調で、舞たち側のドアを開く。
「水原様、イチコ様、乗ってください! エンジントラブルで遅くなってすみません!」
(エンジントラブル? 事務所を出る前、チェックしたはずなのに……)
しかし問うている余裕はない。舞はイチコに肩を借りながら、ブルーが待機している後部座席に転がりこんだ。
「あ、おかえりなさい」
ブルーは呑気に挨拶しながら、後部座席の端に寄り、舞を横に寝かせた。その間、ガラスやドアに矢巻たちの攻撃が浴びせられるが、豆鉄砲かのようにパチンパチンと軽い破裂音を立てながら弾き飛ばされていく。
「ブルー、水原さんをつんつんして。あと追加のテスラ缶飲ませといて」
イチコは指示を出しながら、前方の運転席へ猫のようにヌルリと身を滑りこませた。それと同時にピンキーが自動発進し、今度はホワイトの回収に向かう。ホワイトは手足を撃ち抜かれながら、ベンチを盾にして矢巻たちと銃撃戦を繰り広げていた。
「え~っ、指折られない?」
「折らないから早く! あ、でも足以外を触ったら折る!」
「ちぇっ……」
「やっぱり触ろうとしてたんでしょ!」
舞がつんつんしてもらっている間に、ピンキーがホワイトまでたどり着いた。
「ホワイト、乗ってください!」
促されたホワイトは負傷をものともせず車に乗りこみ、舞を雑に起き上がらせて自分の席を確保した。舞は「だからお前らは無職なんだ」と悪態をついてやりたかったが、ブーメランになりかねないのでやめておいた。
一旦、全員の安全を確保したところで、舞が切り出す。
「で、どうします?」
「矢巻だけでも轢くぞ。ヤツに探偵社の動きがバレた以上、放置しておけば王の矛先が我々に向くのは避けられん。なにより交渉を無下にする野蛮な思想が気に食わん!」
ホワイは己の脅迫行為を横に置いて私情を混ぜながら、再返送を提案する。しかしイチコが左右のレンズが〇と□になっているメガネで、矢巻を見ながら首を振った。
「……いや、轢いたら殺人になる」
このメガネ越しに返送者を見ると、肉眼では捉えられないピンクのオーラを視認することができる。つまりイチコの言葉は、矢巻が返送者ではないことを意味した。
そのときカーナビ画面に、探偵社にいる綾子の上半身が表示される。
「そちらの処理は任せて逃げなさい。グリーン、パープル、ネイビーが間もなく到着するわ」
「了解。でも姐さん、よくそんなに早く軍団を動かせたね」
疑問に答えたのはロン毛で歯抜けの銀ジャージだった。シルバーが涙と鼻水でグチャグチャになりながら、画面に割って入る。
「す、すまねえ! 矢巻たちが親父を人質に取りやがって、喋っちまったんだよぉぉぉっ! ブチ殺すぞ」
「おっちゃんが!?」
「銀次郎さんの件も、レッドたちが動いている。貴方たちは帰ってきて」
「わかったよ。ピンキー、出して」
「かしこまりました」
口調とは裏腹に、ピンキーは発進直後に停止した。搭乗者全員が前につんのめる
「ピ、ピンキー、どうしたの!?」
「失礼、再びエンジントラブルです。誘導目的と思われるレーザー照射を確認したので、全力で退避します。エンジンの復帰まで少々お待ちください!」
「レーザー?」
舞が公園を見ると、矢巻が小型のグレネードランチャーに持ち替えていた。その照射器から伸びる赤いレーザーが、まっすぐピンキーの車体へと伸びている。そしてグレネードランチャーの先端には、グレネードではなく銀色の筒状の物体が取りつけられていた。その手の知識に豊富なホワイトが、顔面蒼白で叫ぶ。
「レーザー誘導式のパイクミサイルだ! ピンキー、遮蔽物に隠れながら逃げろ!」
「それでは周囲に被害が出ます。ここは住宅街ですよ?」
「だったらどうしろと! 貴様、ミサイルに耐えられるのか!?」
「いえ。全速で逃げつつ、スカラー電磁砲でミサイルの制御を試みます」
「成功の可能性は!」
「小数点以下です」
「ファァァック!!」
探偵社でさえ滅多に聞かない汚れたワードを叫んだあと、ホワイトがうなだれたまま動かなくなる。ブルーがホワイトの首筋に人さし指を突き立て、気絶させたのだ。
「ホワイト、罵っていいのは敵だけだよ」
舞はもたれかかってくるホワイトを背もたれに押し返しながら言った。
「やるじゃん、ブルー。見直した」
「死ぬ前に褒めてもらえてよかったよ。つんつんしていい?」
「指じゃなくて首折るよ。ていうか、死ぬ前って……」
外を見ると、矢巻がニヤリと下卑た笑みを浮かべ、グレネードランチャーの引き金に指をかける。だが舞は、まったくもって死を感じなかった。矢巻の後方からアーチ状の天井がついた緑色の三輪バイク――ピザ屋が配達によく使っており、ジャイロキャノピーというらしい。ちなみに法律上は普通自動車として扱われるそうだ――に乗ったグリーンが接近していたのだ。グリーンは相手の体毛を引き抜くことで、短期記憶を消すことができる。なぜか陰毛が最も効果が出やすいらしい。そして驚くことに超常能力ではなく『才能』だという。とにかく、これで矢巻から探偵社の記憶を失くすことができるわけだ。
舞が逆転勝利を確信した直後、パープルとネイビーの声が、カーナビモニターから続けて聞こえてくる。
「こちらパープル、狙撃手の制圧および確保完了したよ」
「ネイビーも別の狙撃手を制圧しました。私は顔だけがよく、存在感がまったくないので敵に悟られず接近できるんです」
「つまり暗殺が得意ってことでしょ。もう顔だけがいいって自虐自慢できないね。かわいそ」
舞が何の感情もなく言い放つと、子供のように泣きわめくネイビーの声が聞こえてくる。無視して舞は、グリーンを見守った。
グリーンは矢巻の右斜め後方へ接近。アフロヘア―を引きちぎろうとバイクから手を伸ばす。しかしその指に矢巻の毛髪が引っかかることはなかった。直前で矢巻が前転して回避し、起き上がりざまにグレネードランチャーから拳銃に持ち替えてグリーンを撃ったのだ。
「まずい!」
舞の叫びに呼応するかのように、ようやくピンキーのエンジンが再稼働する。そして運転席のイチコがハンドルを大きく切りながら、車体を矢巻の方向へスピンターンさせた。
「イチコ、なにを!?」事務所の綾子が目を丸くする。
「プラン変更だ。グリーンと矢巻を回収する!」
「なっ……!」
綾子が言葉に詰まっている間に、イチコは矢巻めがけてアクセル全開。ぶつかる直前でブレーキをかけ、殺さないよう加減しながら激突した。矢巻は宙に浮いてから4~5mほど転がり、公園を囲う鉄柵で止まって動かなくなる。それを確認し、イチコがボンネットのウネウネ棒を持ってピンキーを降りていく。
「誰かグリーンをピンキーに乗せて!」
言いつつイチコはウネウネ棒を伸長させ、矢巻を簀巻き状態にして引きずってピンキーの荷室に乗せる。一方、舞たちもグリーンを抱えて後部座席に乗せた。イチコは矢巻を監視するため、自分も荷室に乗りこみ、ピンキーに指示を出す。
「ピンキー、急いで退避。探偵社に帰ろう」
「かしこまりました」
近隣住民が通報したのだろう。パトカーのサイレンが近づいてくる。その逆方向へピンキーは自らを走らせた。
ブルー :青のクロスバイク(エルビーワン・デラックス)
レッド :赤の消防車風の改造トラック(日野レンジャー)
グリーン:緑の三輪バイク(ジャイロキャノピー)
イエロー:黄色のキャンピングカー(SUV ADVENTURE BR75)
パープル:紫のバイク(スーパーカブ110)
シルバー:銀の軽トラ(ハイゼット・トラック)
ゴールド:金の装甲車(KamAZ-53949 タイフーン-L。ロシア軍から密輸)
ホワイト:白のヘリコプター(Mi-4AV。北朝鮮軍のお下がり)
ネイビー:黒のおまる(メーカー不明)
つづく。