見出し画像

小説ですわよの番外編ですわよ2-2

※↑の続きです。

 舞が銃口を視界に捉えた瞬間、レッドとホワイトの姿が消える。ふたりはそれぞれパンチと峰打ちを繰り出し、文字通り瞬く間に警備兵を気絶させた。
 舞はおそるおそる周囲を確認しながら、エレベーターから出る。へなへなと座りこんだ男を残し、エレベーターの扉が閉じた。
 静寂の中、ゴオンゴオンと機械の稼働音が響き、床をかすかに振動させる。階下の作業エリアから発生しているようだ。

 ホワイトが刀を振り、体液を払い落とす。血糊ならば恰好がつくのだが。
「このフロアに社長室があるはずだ。行くぞ」
「待ち伏せされてたってことは、私たちのこと気づかれてますよ」
「だから?」
 ホワイトが右眉を上げる。苛立っているようだ。しかしそれは舞も同じだった。
「また戦闘になるってことです」
「敵がいるなら倒せばいい。貴様も準備はしてあるんだろう」
 舞は綾子から、超常能力が封じこめられた使い捨てのクリスタルをいくつか受け取っていた。しかし舞が轢いた返送者の能力ではないため勝手がわからず、できれば使うことは避けたかった。それを察し、レッドが拳を握りしめる。
「まあ、大方の敵はオレたちが片付けるッスから」
「うん、お願い」
 ホワイトがスタスタと廊下を歩き出したので、舞はレッドと一緒についていく。

 建造物は吹き抜け構造となっており、廊下片面側のガラス張りの窓から階下の作業エリアを見ることができた。3階分ほど下方なのでハッキリとはわからず、声なども聞こえないが、監視委員らしき人物が作業従事者を殴りつけたり、鞭で叩いたかれたりしている。
「ひどすぎるでしょ、これ……」
「現代の日本とは思えないッス」
「返送者どもを放っておけば、あの光景が日本すべての未来となる。止めるぞ」
 ほどなくして社長室のプレートかついた扉の前に着いた。有無を言わさずホワイトが蹴破り、中へ突撃する。
「邪魔する」
 正面のデスク越しに小太りの男が座り、葉巻を吹かせていた。動揺する気配はない。
「貴様が社長か?」
「いかにも。うちの警備兵を片付けるとは、やるな」
「お褒めにあずかり光栄だが、銃刀法違反で通報する」
「それに労働基準法違反、傷害、脅迫もあるッスよ!」
「そう、いきり立つな。うちで働く気はないか? 今の警備兵は数だけ多くて役に立たんようだからな」
「この工場に草野球チームは?」
「いや、ないが」
「交渉に値しないな」
「オレたちは平日の昼間から草野球をするのが本懐で、働くのはあくまで小遣い稼ぎッス。無職であることが誇りなんスよ!」
「そんなもん誇っちゃダメでしょうよ。っていうか、一応お金はもらってるんだ」
 社長は高笑いしながら葉巻の火を消し、肥えた腹を揺らす。
「お前ら面白い! そこのお嬢さんは、どうだ?」
「あ、論外で~す」
 ホワイトが日本刀の切っ先を社長に突きつける。
「挨拶は終わりだ。どんな能力で脅しているのか知らんが、従業員を開放しろ」
「能力だと?」
「とぼけても無駄ッスよ。アンタが異世界から送り返された人間だってことは調べがついているッス!」
 社長は強気を装っているのか、犬歯を剥き出しにして笑う。
「ガハハ! 宝屋の警告通りだな。元異世界人を嗅ぎ回っている連中がいると。残念だが見当違いだ」
「宝屋は私が異世界送りにしてやった。神沼も拘束された。あんたはもうおしまい」
「昨日から連絡がつかんのは、そういうことか。ならば別のものを作ればいい。そうやって親から継いだ古臭い町工場をデカくしてきたんだ」
 ホワイトが社長へ歩み寄り、目の鼻の先まで日本刀の切っ先を近づける。
「工場はお前の代で終了だ。夢の続きは、元の世界でやれ」
「だから見当違いだというんだ。私はこの世界のボットン便所で産み落とされ、這い上がり、60年間生き続けてきた」
「貴様、この期に及んで……」
 言いつつホワイトは振り返り、舞に目くばせする。その意図を察し、舞は〇□メガネをかけた。レンズ越しの社長は、間違いなく淡いピンクに光っている。
「この人、返送者です」
 ホワイトはさらに社長へ詰め寄り、喉元に刀を突きつける。
「次に世迷言を抜かしたら叩き落す」
 しかし社長は尚も動じる様子は見せない。刀をつまんで首から離し、背広の内ポケットから金色の球体を取り出した。
「お前ら、異世界人を判別できるそうだな。宝屋は魔力とやらを探知していると推測しているようだが」
 社長は手のひらで金の玉を転がして弄ぶ。舞のレンズ越しに映る社長からピンクの光が消え、代わりに金の玉が発光した。
「なにこれ、どういうこと?」

「金玉には魔力が込められているらしい。それを持っていれば、異世界人に偽装できると宝屋がアドバイスをくれたよ」
「あの寄生虫、私たちの捜査をかく乱するために!」
 再び社長が腹を揺らす。
「まあ宝屋の顛末を聞くに、無駄な工作だったようだがな。というわけでお前たちの出る幕はない。働く気がないなら、お引き取り願おう」
「あんたが何者だろうが、関係ない!」
 舞は社長へ歩み寄るが、ホワイトは日本刀の切っ先を下げる。
「よせ、水原。この男が返送者でない以上、探偵社にできるのはここまでだ」
「だったら警察に通報します」
 社長は二本目の葉巻を吹かし始める。甘ったるい煙の臭いが、舞を苛立たせた。
「構わんが、意味があるとは思えないね。親からは工場だけじゃなく、揉め事の解決手段も相続した。素晴らしいものを残してくれて感謝しているよ」
「貴様の後ろ盾は神沼だけじゃないわけか」
「責めるなよ?」
「わかっている。お望み通り、引き下がろう。私たちはヤクザでも半グレでも殺し屋でもないが、正義の味方でもないのでね」
「待って、ホワイト! じゃあ、ここで働いている人たちはどうなっても知ったことじゃないって言うわけ?」
「…………」
 ホワイトの沈黙に、舞は葛藤を期待した。だがすぐに裏切られた。
「くどい。帰るぞ」
 だが舞は諦めたくなかった。正義の味方を気取るつもりはないが”奪われる者”を見過ごせるほど世の中を割り切ってはいなかった。昔ならともかく、探偵社に入った今は。
 舞は額に手を当て、心の中で綾子に呼びかける。事前に烙印を施してもらい念話ができるようにしていた。
(社長、社長! このままでいいんですか?)
(ええ。この件は一旦終了よ)
(そんな!)
(まあ、最後まで聞きなさい。どうも引っかかるのよ。念話が若干乱れている)
(宝屋の妨害能力みたいに?)
(チカラは小さいけど、魔力の質感は一致しているわ。十中八九、同じ能力でしょう)
(でも宝屋は、昨日返送しましたよ)
(そう。だから先方に、こう聞いてちょうだい)
 舞は新たな期待に唾を飲みこむ。
(『御社で宝屋のウンコを保存していませんか?』とね)

つづく