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小説ですわよ番外編ですわよ7-6
※↑の続きです。
栗兎とギャルメイドは生姜焼きを食べ終えたあと、ふたりで食器を洗った。栗兎は「ひとりでいい」と言ったが、ギャルメイドは体の調子がいいからと手伝ってくれた。しかしギャルメイドは致命的に不器用で、すぐに皿を落としそうになるので結局、栗兎だけで洗い物をこなした。申し訳なさそうに肩を落としているギャルメイドに、思わず微笑みがこぼれる。
「いつもすまない。なにもできなくて……」
「いいんだよ。お姉ちゃん、お風呂入っちゃって」
「あ、ああ、そうする」
ギャルメイドはシュンとしたたま、替えの下着を持ってリビングを出て行った。家事の大半は栗兎が担っているが、それを気にしたことはない。
ギャルメイドが少しでも元気でいてくれれば充分だった。それだけの恩があるからだ。
栗兎はギャルメイドが入浴しているあいだに、おにぎりを作り始める。明日の彼女の朝食と昼食を兼ねたものだ。ギャルメイドは体調の乱高下が激しいので、いつも食べるとは限らない。それでも栗兎は同居を始めてから食事の準備を欠かしたことはなかった。
――約10年前。15歳のときのことだ。高校の入学式からの帰りに、栗兎は目の前で通り魔に両親の命を奪われた。自分も刺さられることを覚悟したが、それを阻止したのはギャルメイドだった。彼女は手から無数の光の矢を放ち、通り魔を消し去った。なぜ助けたのか後から何度か聞いたことがある。しかし彼女自身も動機を理解していなかった。
「生きろ」
ギャルメイドは抑揚のない声を栗兎にかける。反対に栗兎は物言わぬ冷たくなった両親を前に、感情があふれて的確な言葉を返せない。
「でも、私……どうやって……こんな……!」
「それまで汝を守ろう」
ギャルメイドは貫手――右手すべての指を伸ばし、自らの胸へ突き立てた。両親と違い、血は出なかった。
「これで我々から切り離され、我は我となった」
直後、ギャルメイドの全身から青白い火花が散った。そこから先のことは覚えていない。警察が来たはずだが、事情聴取されたかどうかもわからなかった。
気がつけば栗兎は、ギャルメイドと共に暮らし始めていた。両親が大学を卒業できるまでの十分な貯えを残してくれたので、金銭面は問題なかった。親族が時折顔を出して援助してくれたし、同居人のギャルメイドがアルバイトで生活に必要な金銭を稼いでくれたから不自由はなかった。
不思議なのは親族も近隣住民も、誰ひとりとしてギャルメイドの存在を疑問に思わなかったことだ。当たり前に、ずっといたかのように、彼女と接している。
ギャルメイドに訊ねると、スカラー電磁波によって因果を操作したのだと教えてもらった。当初は意味不明だったが何度か説明を聞くうちに、ギャルメイドが運命のようなものに干渉して今の状況を作り上げたことは漠然とわかった。
だが代償としてギャルメイドは二度とスカラー電磁波に干渉できなくなった。ひとりの人間に肩入れすることは、ギャルメイドたちの掟に反する行為だという。そのためギャルメイドは集団から己を切り離し、個としての判断で栗兎が苦なく生きられるよう計らってくれたのだった。
なぜそうまでしてくれたのは、やはり何度聞いてもギャルメイド自身すらわからなかった。本来ギャルメイドは、同族を裏切った恒点観測員07214545号なる者を監視するためこの世界――アヌス01の地球に降り立った。しかしギャルメイドは自身も裏切り者となってしまった。スカラー電磁波の話をするたび自虐的な笑みを浮かべる彼女に、栗兎は胸を締めつけられた。
塩こんぶ、高菜、梅。栗兎は三種のおにぎりを作り終え、ラップをかぶせて冷蔵庫に置く。
ギャルメイドは出会ってから5年ほどは油ものを好んで常人の3倍ほどを食べていた。元気だったころは、よく『ステーキハウス リベラ』というプロレスラー御用達のステーキ店に通ったものだ。
だが徐々に体が弱り始め、一日一食、それも軽食が当たり前になった。ギャルメイドにとってスカラー電磁波は超常的な能力を行使するエネルギー源だけでなく、存在を維持するための糧だ。スカラー電磁波との関りを断ったということは、死を意味する。外気に満ちるスカラー電磁波を取りこむことも難しくなり、体内に残存する同エネルギーが尽きればギャルメイドは死ぬ。
だから、だからだ。栗兎はギャルメイドを生かすために5号機が必要だった。スカラー電磁波を取りこみ増幅させる5号機があれば、ギャルメイドは生命力を取り戻す。『ステーキハウス リベラ』の640gもある横綱ステーキをたいらげ、満面の笑みで「おかわり!」と叫ぶ姿を再び見ることができるのだ。
栗兎は風呂から上がったギャルメイドを敷きっぱなしの布団に横たわらせ、毛布と掛け布団をかぶせてやってから、間接照明だけを光源とするリビングで愛銃を磨いた。
舞とイチコは事務所に戻り、綾子と今後について話し合っていた。ちんたまでんきを直で調べれば、超対に嗅ぎつけられてしまう。一旦後回しにして、別方向から探るべきというのが綾子の考えだった。
綾子は岸田に命じ、ある連続暴行事件のデータを舞たちに共有する。犯人の背格好は不明。犯行の手段もバラバラだ。しかしながら、あるひとつの極めて重大な特徴があった。
「被害者はすべて返送者。そして、いずれも殺傷能力の高い超常能力を持っている。彼らの証言によれば、犯人は暴行を加える前に『元気ですか?』と尋ねるという点が共通しているわ」
「姐さん、それって――」
感づいたイチコに、綾子が無言でうなづく。『元気ですか?』とはアントニオ猪木を象徴するワードだ。猪木は5号機の開発に直接は関与していないが……5号機がスカラー電磁波の影響で生命体となり知性を得たとすれば……自身のルーツである猪木の言葉遣いや思想をコピーしても不思議ではない。
舞は5号機をおびき出す手段を閃き、ソファから勢いよく立ち上がる。
「猪木VSアリのパート2をやるんですよ! ちんたまグレートアリーナで!」
1976年。アントニオ猪木は、当時世界最強であったボクサーであるモハメド・アリと世紀の異種格闘技戦を行った。結果は判定ドローとなった。そして、ちんたまグレートアリーナは後年の猪木が格闘技イベント開催した場所だ。つまり猪木VSアリの再戦をでっちあげ、時を超えた決着を謳い、猪木をコピーしたと思われる5号機を釣り出そうという作戦である。
だが、ちんたまグレートアリーナはアヌス02との戦いで崩壊し、使い物にならない。そこで綾子が提案したのは――
「廃墟になったアアイイオンナよ。5号機も、ちんたまでんきも、裏で糸を引いてる市長も、超対も全部引きずり出す。どうかしら?」
つづく。