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わたし

これまで私は、伝えられなかった後悔よりも、言ってしまった後悔の方が多いように感じる。
自分が思っていることは、自分の口で言わないと無かったことになるのではないかという怖さに負けてしまったり、目に見えないものの曖昧さに不安を感じて、突然白黒はっきりさせなくてはならないような衝動に駆られることがある。

きっと、考えなさは人の心を傷つける。

自分の感じたことは、私が自分でわかっていればそれでよい。

誰かの心を守るために、というよりいちばん傷つけたくない相手の心を傷つけないために、私は言わない力を身につけなくてはならない。
これが私の大きな課題。
まだ何も成長できていないのに、少し前にLINEで送った「できるだけ誠実でいたい。」という自分の言葉がとても恥ずかしく思えた。



私には、幸せの軸が自分の中にはなくて、いつもその軸が誰かの中にある。
例えば、その誰かの体調が悪くなったらなぜか自分も元気がなくなるし、楽しそうに暮らしていればよかったなあとふんわり満足感に包まれる。

無責任に、自分の幸せを誰かに委ねている。
一方的で身勝手に。

私が本当に望んでいることは何なのだろう。

そこから逃れられた時、初めて自分を大切にすることができるのだと思う。

とはいえ私はひとりでいることもとても好きだから、気分によっては自分の中で溢れる幸せをきちんと考えられる時期もある。

これはきっと“らしさ“とも繋がっていて、生活のしかたとか、話し方とか、言葉選びとか、大切にしたい本とか、特別な日に食べたいと思う食べ物とか、そういうものに自ずと表れてくるものなのだろうなと思う。

自分にとって大切なものを、きちんと大切にしていられる時間を少しずつ増やしていきたい。

自分に誠実でいられるようになることも、誰かと向き合うことも、まだ私は諦めたくない。

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