記憶のリブート 第八話
美穂はリセット症候群を治すために心療内科へ行った。
心配だから「一緒について来て」、とレイに頼んで、診察室から出て来たところだ。
「手術、どうする?」
「うん」
「ま、ゆっくり考えな」レイは美穂の肩にぽんぽんと手をのせた。
「ねえ、レイ、私が私じゃなくなっても、レイは友達でいてくれるのかな」
「よっぽどヤバいやつになってなければ、友達でいるよ」
「ヤバいやつって」美穂はうっすらと笑いながら首を振った。「ヤバいやつだったら見捨てていいよ」
レイは美穂の手を握った。
「ミホはいつだってミホなんだよ」
美穂はうなずいた。
医者から特効薬はないとまずはっきり言われた。
その上で、心療内科では会話により、絡まった毛糸の玉をほどくように思考の癖を治して心を元に戻していく手助けをする。ただ、何年もかかる。
早急に治したいなら、脳の手術をして人に関する記憶をコントロールして、一から再出発することもできるという。ただ、治験段階で確証は持てない。未成年なので両親の同意も必要ということだった。
美穂は翌週、両親と病院にいた。
この1年、ろくに口も聞いていない両親とだ。
「美穂さんのご両親様ですか。こちらへ」
さすが心療内科である。美穂と両親の関係に気づいて、別々に話をしてくれるようだ。
美穂はスマホを片手に待っていた。
「美穂、脳の手術なんて」
「病気や怪我じゃないんだ。こんなの必要ない」
思った通りの反応である。
今度は美穂だけ呼ばれて診察室に入った。
「美穂さんは手術に関心があるんだね」
美穂はうなずいた。「でも、親が」
「うん、ご両親は納得していないようだね」医師は何度がうなづいた。
「ご両親の同意が得られるのが一番だけど、来年には18になるから、自分の判断でできるようになる。それまで、よく考えてみるのはどうかな」
「あと何回りセットするかわからないよ」
「お付き合いしている、」
「伸晃?」
「伸晃くんも良かったら僕から美穂さんの状況をお話して、この1年間はリセットしてしまっても許してもらうようにしてみないか」
白衣がややきつそうな医師は穏やかな喋り方で、眠くなってしまいそうだ。
「伸晃には私から話します」
伸晃は手術と聞いて最初うろたえた。
「そこまでしなくていいよ」
「私、このままずっとこれでいい?」
「ずっとこのままで、その、あの、結婚とか考えられないよ。子供とか家族増えてさ、リセットされたらたまったもんじゃない」
「のぶがそんな先のこと考えてくれてるの、…嬉しい」
伸晃は照れを咳払いをしてごまかした。「ミホ、1年間は猶予期間としてリセットされても、許すよ。その、ミホの気持ちを信じてるからさ」
伸晃とレイが理解してくれたことで、美穂は甘えてリセットを繰り返すかと思っていたが、1年間通院したおかげか、リセットしたいと思うことが減ってきた。
伸晃といつも笑顔でいられるようになったのが、美穂にとって何よりも嬉しかった。