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【鎌倉時代に語られた怪談の原型?】

 今は昔のこと。
 京都は高辻通りと室町通りが交差する付近に、姉妹が住んでいた。この姉妹は長門国(現在の山口県北西部)の国司を務めていた者の娘たちである。

 姉はすでに嫁いでいたが、妹は独身だった。妹は若い折に宮中に仕え、きらびやかな暮らしをしていたものの、今は職を辞して家に戻っていた。独身とはいえ、ときどき家に通ってくる男がおり、自由な恋愛を楽しんでいる様子だった。家の奥には姉夫婦の暮らす部屋があり、時折、妹の部屋から男と語り合っている声が聞こえてきた。すでに父も母も亡くなっており、妹の日々について、姉が口出しするようなことはなかった。

 妹が27、28歳を迎えた頃だろうか。ひどく重い病に罹り、あっけなく死んでしまった。遺体が横たわる部屋をしばらくそのままにしておいたが、さすがにずっとこのままというわけにいかないと思い直し、姉夫婦は葬送の支度を始め、鳥辺野(現在で云う埋葬地。京都府京都市にある清水寺に隣接し、今でも広大な墓地が広がっている)に連れて行くこととなった。

 遺体を棺桶に納め、棺を乗せる車で鳥辺野へと運んだ。鳥辺野に到着し、いざ葬儀を執り行おうとした時のことである。車から棺桶を下ろそうとしたところ、姉は真っ先に違和感を覚えた。思っていたより棺桶が軽いのである。しかも、蓋が少し開いている。

 妙に思って棺桶の中を見てみたところ、果たして空っぽであった。思わず言葉を失った姉は、ひとりごちた。道中で中身だけ落ちることなどあり得るだろうか……? 姉はしばし呆然と空の棺桶を見つめていた。

 葬儀を執り行おうにも、遺体がないのではどうしようもない。そうかといって、このままでいいわけがない。事態を知った参列者の数名が辺りを探し回ってみたものの、遺体は欠片すら見当たらなかった。なすすべなく、一同は空の棺桶を車で引きながら来た道を戻り、帰路についた。

 家に着いた姉は、何かの直感が働いたのだろう。「もしや」と思って、妹の部屋に一目散に駆け込んだ。すると、納棺前の状態で妹の遺体が部屋に横たわっている。はじめは驚いた姉夫婦だったが、次第に空恐ろしい気持ちがこみあげてきた。

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