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【未解決事件】真犯人を断言する人物に出会ったハナシ(後編)
【前回の内容】
某東北県を訪れた際に、公園を歩いていた僕に一人の老人が声をかけてきた。
彼はかつて東京で仕事をしていたという。職業は警察。現在は引退して、生まれ故郷で悠々自適に暮らしている。詳細を聞くと、あの「三億円事件」の捜査にも関わっていたらしい。
・・・
この答えは、想像の斜め上だった。「三億円事件」は、僕が生まれる前に発生した未解決事件だ。殺人事件ではないが、世間の耳目をおおいに集めた大事件だったことは知っている。いくつかの書籍や、事件をモチーフにした映像作品など何度か目にしており、おおまかな流れは分かる。それに直接関わった人物が目の前に立っていることに、僕は興奮を覚えた。
星野「え、本当ですか?」
思わずついて出た言葉だった。失礼ながら、昭和を代表する未解決事件に携わったとは到底思えないほど、見た目は穏やかで、物腰の柔らかい人物だったからだ。
男性「本当だよ。あの事件の犯人、知っている?」
星野「いや。というか、結局、犯人は捕まらないまま、時効を迎えたと記憶していますが」
微笑みを浮かべたまま、男性はゆっくりうなづいた。
男性「そうなんだ。でも、捕まらなかったんじゃない。捕まえられなかったんだ」
突然訪れた核心だった。
星野「そういう話はよく聞きます。でも、警察の方が云うということは、やはり真犯人はすでに判明しているんですね?」
男性「そうだよ。知りたい?」
この問いに「否」と答える人がいるだろうか。おそらく、次第に話に前のめりになっていく僕の興奮が、老紳士にも伝わっただろう。
星野「もちろんです」
男性「実はね、あの事件の犯人は、警察関係者の息子なんだ」
せっかくの証言だったが、僕は一気に落胆していた。知っている。その説はすでに知っているし、関係する書籍にはいちばんの有力説として語られることだ。
男性「警察としては隠すしかなかったんだ。こんな大事件を身内が起こすなんて、世間に知られたら大変なことになるからね」
真犯人と思しき人物が自殺してしまったことは知っている。では、あのモンタージュ写真は何だったのか? 警察は犯人が分かっていて、時効を迎えるまで追いかけるフリをしていたということなのか。こんな風に畳み掛けるように聞いたわけではないが、率直にいくつかの疑問をぶつけた記憶がある。
この辺から男性の表情が明らかに曇ってきた。おそらく、彼にとって満点の反応は「え! そうだったんですか?!」と目を見開いてみせることだったのだろう。今にして思えば、もっと素直に知らないフリをして、根掘り葉掘り聞いてみればよかったのだが、関係者から直接に聞く事件の真相が、自分でも知っている代表的な説だったことで、明らかに僕の思考回路が別のベクトルに向かってしまった。急に熱が冷めたような僕の落胆ぶりも、伝わっていたかもしれない。
男性「まあ、いろいろ身内で議論があったことは確かだよ。事件を解決できなくて悔しいという思いが、今もあるんだ」
その後の記憶は曖昧だが、おそらく一言二言を交わした後に、「貴重なお話をありがとうございました」みたいなことを云って、その場を後にしたのだと思う。男性も徐々に身体を僕とは反対の方に向けて、自転車を押し始めていたものだから、こいつに話しても思うような反応は得られない、と見限られたのかもしれない。時間にして、おそらく10分くらいの出来事だった。
こんな思い出話の後に書き出すのも何だが、最後に、あまりご存知ない方のために、かの「三億円事件」のあらましを紹介しておこう。
事件が起こったのは、1968年12月10日の早朝。東芝府中工場の従業員にボーナスを支払うため、約3億円の現金を載せた輸送車が府中刑務所の北側にある学園通りを走行中、白バイ警官に扮した人物に停められた。ニセ警官は「車に爆弾が仕掛けられている」と声をかけ、安全のために車内にいた銀行員4名を降ろさせた。そこで、ニセ警官は発煙筒を使ってさもすぐに爆発するかのように危険を知らせて銀行員たちを遠ざけた上で、輸送車に乗り込み、そのまま逃走した。
現場には乗り捨てられた白バイや発煙筒が残されている。犯行直後には現金を別の車に載せ替え、さらにその車も乗り捨てていることから、残された物証は数多くあった。白バイの目撃証言や現金を載せ替えたと思われるライトバンとの接触など、犯人には手が届きそうで届かないまま、警察は同年12月21日にモンタージュ写真の公表に踏み切っている。
「三億円事件」の象徴ともいうべきモンタージュ写真だが、実は犯人の顔の特徴を組み合わせたものではない。目撃者から「似ている」とされた実在する人物の画像で、犯人の顔写真でないことをほとんどの国民が知らないまま、広く周知されたものらしい。このモンタージュ写真がさらに捜査を困難にさせたとの見方もあるが、いずれにせよ、事件は犯人逮捕に至らぬまま、1975年12月10日に時効を迎えた。
僕のAmazonの購入履歴を見ると、老紳士に会ってからすぐと思われるタイミングで「三億円事件」の関連書籍を何冊か購入している。再び「三億円事件」熱が僕の中で高まったようだ。
こういう出会いはなかなかないが、振り返ってみれば、実にエキサイティングな出来事だった。
当然、彼の話したこと、僕の記したことが真実かどうかは証明のしようがない。すべてフィクションと思っていただいて一向に構わない。
前編はこちらから。
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