走れなくなった(短編小説1)
「明日は健康診断に介護施設のボランティアがあるからちゃんと行けるようにシュミレーションしておこう!」
朝食を食べて、洗濯物を干し、食器を洗ったら早速歩いて出かけた。ついでに図書館によって本を3冊借りることも出来た。無事に行って、ちゃんと帰って来れたことを褒めてあげたい気持ちになったと同時に、こんな当たり前のことで褒めるくらいの状態になってしまったなんて、笑っちゃうなとも思った。
真夏の炎天下に元気よく走っていたあの頃の私には想像もつかなかっただろうな、、、。
大学を卒業したらあたり前に働いて、結婚して、子育てしながら働いていると思ってた。だけどその当たり前が今となっては夢のまた夢。
今年の誕生日で30になるというのに、私には何もない。
すべてはあの時から始まっていたんだ、、、。
なんか変だなと気付いたのは高校2年の夏。小学生からずっと続けてきた陸上部で、思うように走れなくなってしまったのだ。なんとなくぽっかり心に穴が空いたような感覚で、元々ぼーっとしている性格にさらに拍車をかけた。
きっかけは祖母が、電車の事故で亡くなったこと。物心ついた時からずっと側にいてくれて、私にとって心の拠り所のような存在だった。同じ布団で眠り、一緒におやつを食べ、今日あった色々な出来事を話した。悲しいことも、悔しいことも、嬉しいことも。よく食べ、よく働き、丈夫で、旅行好き。100まで生きると思ってたのに、、、。
どれだけ大事な人を失っても、お構いなしに時は進んでいく。葬儀が終わると、私も慌ただしい日常へ戻っていった。朝6時には起きて、電車の中で予習をし、自転車で高校へ向かい、まだ少し眠たい体で走る。着替えて学び、友人とたわいない会話しながらお弁当を食べ、日が暮れるまで走る。帰りの電車で復習し、明日の予習をしながら寝落ちする。そんなルーティンをこなした。
気づけば部活はどんどん強くなっていった。全国大会、世界大会に出場するような優秀な後輩達が入り、顧問の先生にはますます気合いが入り、部の和やかな雰囲気が少しずつ厳しいものに変わっていった。
私は走ることが好きで、どんなにしんどくても「死ぬ〜」「尻割れる〜」とか言いながら笑ってる先輩達のつくる、部の雰囲気が大好きだった。
いつの間にか後輩達に追い抜かれ、差をつけられのと同時に私の心もみんなから離れていった。
これ以上頑張ることが出来なくて、私は部活を辞めた。
走れなくなったことがその後の人生を大きく変えてしまうなんて、当時は思いもしなかった。