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掌編小説|チョコチップアイス


「じゃあね、元気でね。また連絡するからね。」
彼女は車に乗り込み、僕の前から姿を消した。蝉の声に感情が吸い取られていく。最後まで見送ることが出来なかった。彼女に涙は見られたくなかった、小さなプライドだ。こうやってささやかな大恋愛は幕を閉じた。

今日は好きなバンドのライブだっていうのに、最悪な状況だ。それでも僕はバスに乗り込んだ。がらんどうになった部屋にいる事の方が辛かった。

バスに乗りながら、自然と涙が出てくる。特別な思い出というよりもありふれた日常を思い出す。コンビニに散歩したら絶対あのアイス買ってたな。最初は一つだったのに、途中からまんまと布教されて二つ買ってたっけ。これからは一つも買えないかもな。

僕はこれまで、恋愛で涙を流した事がなかった。学生の頃、何度か付き合う機会はあったのだが、涙を流すほどの恋愛はした事がなかった。涙を流すくらい、人を好きになった事がなかった。別れた次の日は、1日無気力で何も手につかないと友人が言っていたが、どうしても気持ちがわからなかった。そして、その気持ちに共感できない自分が大嫌いだった。僕は生まれた時から何か大事な感情が欠落していて、人を好きになれないのだと諦めていた。

泣いている。そんな自分が泣いている。こんな涙は流した事がなかったから、涙の理由がわからなかった。でもきっと、僕は彼女の事を好きなんだ。好きだから泣いているのだ。僕に大事な感情が欠落していたわけではなかったし、それを憂いて自分を嫌いになる必要もなかったのだ。

きっとこの恋は、好きを知るための恋だったのだ。好きという感情を教えてもらう、そのために彼女に出会ったのだ。自分の中に大事な何かが足りないのではなく、好きの気持ちを教えてくれる人に出会っていなかっただけなのだ。

自分のことをより深く理解し、受け入れてあげられた気がする。家に帰ったら1人で新しい日常を作らないといけないのか、嫌だなぁ。出会ってくれてありがとう。僕は窓の外の夕陽を眺めた。

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