冥い(くらい)時の淵より
序 2
恭一が、バックミラーに不審を感じたのは間も無くだった。
通行車はほとんど無い。
しかし1台だけ、執拗にくっついて来る大型トラックがあるのだった。
車間距離をほとんど取っていない。
運転を始めて、まだ3ヶ月の恭一であった。
おまけに、道は急カーブの多い難所である。
追突されるのではないか、との怯えが恭一を襲った。
道を譲ろうにも、それらしい路肩も見当たらなかった。
スピードを落とすと、バックミラーいっぱいにトラックの
フロントグリルが迫ってきた。
今や、恭一は明確にそれの悪意を悟っていた。
ほとんど追われるようにして走った。
「大塔村・5km」の標示が見えた。
村に入れば、やり過ごす事が出来る。
恭一は唇を噛み締めた。
その時だった。
後ろで排気音が一段と高く咆哮し、
ルームミラーいっぱいに広がった悪魔の顔が
恭一の目を射た。
鈍い衝撃音と、激しいショックが恭一を襲った。
不遠慮に、巨大な鉄の塊が、ささやかな乗用車を
弾き出したのだった。
-チキショー!殺すつもりか!-
恭一は唸った。
妻の叫び声が響いた。
「あなた!あなた!トラックが私達を潰す気なの!?あなた!」
「心配するな!なんとかする!」
恭一はカッと目を前方に据えたまま、怒鳴り返す。
汗まみれであった。
体内をアドレナリンが駆け回っていた。
動悸は、こめかみに早鐘のように鳴り、心臓は破裂しそうだった。
妻は、寝たままの娘を必死に抱きしめ、悲鳴を喉で押し殺していた。
下り坂にかかるや、トラックの追走は激しさを増した。
ブルーバードの後部バンパーを、ほとんど押しつけるようにして走った。
スピードメーターは70kmに達しようとしていた。
恭一は発狂しそうだった。
曲がりくねった道が、極端に細く、急激に迫って来る。
左手に、貧相な木々を通して岩肌も露わな絶壁と、
はるか下方を流れる川が見え、恭一は体を竦(すく)ませた。
ついに、左前輪が路肩から宙に浮いた。
恭一は、こわばった両手でハンドルを握りしめながら、
いつまでも続く妻の悲鳴を聞いていた。