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冥い(くらい)時の淵より

序 4

青年達は緊張して働き続けた。
そして、2つの死体を車から運び出した。
皆の見守る中、ひとりの青年の腕の中で、
奇跡的に命を取り留めた少女が、今は泣く元気もなく、
ぐったりと横たわっていた。

母親の体がクッションとなった事は、全員に理解された。
それにしても、20メートル以上もある絶壁での転落である。
青年達は物も言えず、背筋の寒くなる思いで、
腕の中の少女を見つめた。
あたかも、母から命を託されたかのような少女であった。

その日のうちに死体の身元が判明した。
神奈恭一・31歳、妻・亜希・28歳。
そして娘は由希・5歳。
神奈恭一は京都・K大学の工学部助手であった。
金属加工学科。
将来有望の若手、と言うのが警察の得た情報であった。
この転落は、運転のミスによるもの、と言うのが
大方の見方であった。

新聞社も駆けつけた。夕刊の格好のネタである。
転落事故、そして、少女の奇跡的な生存。
社会の目を、充分引く筈だった。
数人のカメラマンが、医者の制止を無視して、
ベッドの少女にフラッシュを焚いた。
少女は昏々と眠っていた。
大塔村では1番大きな、「丸山病院」の2階の1部屋であった。
「病院」と言っても、法的にはベッド数が
20以上なければ、「病院」とは認められない。
丸山病院は従って、ベッド数が8の「丸山診療所」であったが、
要するに、村人に頼られた医療機関である事には変わりなかった。
少女は夕食時に1度、目を覚まし、しばらく泣いて再び眠った。

骨格や内臓には異常はなかった。
外傷も殆ど無い。
精神的なショックが強すぎたのだろう、と言うのが
丸山院長の話であった。
しばらくそっとしておくしか手はない、とも言った。
村人達もこの少女を気にかけ、道端で、家人と、
また、酒を飲みながら話した。
1度に両親を失くした少女の今後を、
人々は憐れみの情を持って思いやった。

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