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冥い(くらい)時の淵より

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亡き父が遺した小説です。小説家を目指し、新人賞に応募したけど 選考に落ちた原稿です。 叶わなかった父の夢を叶えたいと思い、マガジンに投稿します。 40年以上前の作品です。
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2022年9月の記事一覧

冥い(くらい)時の淵より

冥い(くらい)時の淵より

一  3

およそ、生き甲斐とか理想とかと、対極的な
位置に自らを設置しようと思って来た村上であった。

股間からは継続して快感が届けられていた。
名美は、まるでペットを可愛がるかの様な
熱の入れようだった。
この数瞬に、彼女のそれまでの知識全てを
動員させて、村上の局所に対峙しているかであった。

「もう!マーちゃんったら、また考え事してるんでしょ!
少し真面目に感じなさいよ!」
村上の股間で、

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冥い(くらい)時の淵より

冥い(くらい)時の淵より

一  4
村上は、ストイックに自己を抑制し、
大学で兄と共に行動すべく、
着々と日々をこなした。
そして入学したのだった。
しかし、兄の笑顔は見られなかった。
村上と会っても苦しそうな表情が目立った。
本心は常に聞けなかった。
帰省した時の、両親の声が聞こえる。
兄は日本を捨てる気になっていた。
オヤジは怒り、オフクロはヒステリックに泣いた。
今思えば、兄にしても、両親にしても、
仕方なかったのか

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冥い(くらい)時の淵より

冥い(くらい)時の淵より

一  5

「名美さん、またモスコ?」
村上は、二人の時間の空虚を少しでも
言葉で埋めようとするかのように言う。
「モスコねえ。
ふん、やっぱりモスコ飲もうかなあ。」
名美は殆ど独り言のように言うと、
グラスにアイスボックスから氷を放り込み、
ウォッカに手を伸ばした。
モスコミュールはすぐに出来た。
名美はカウンターから出ると、
村上の横の椅子に坐り、今一度村上の唇を求めた。
ふたりがグラスを合わ

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冥い(くらい)時の淵より

冥い(くらい)時の淵より

二  1

広瀬由希が失踪して一週間になる。
若原徹也の焦燥は日ごとに深まり、
快活な顔に苦悩の翳りが刻まれていた。

深夜。

若原は安物のコートの襟を立て、
寒風に晒されて東山通りを南に歩いていた。
どこに行くのか、あては無い。
頭の中は、広瀬由希の行方の事で一杯であった。
この一週間、若原は、刻一刻と
身を削がれる思いで暮らしていた。
由希の家には毎日電話を入れた。
母親は、今日も帰っていな

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冥い(くらい)時の淵より

冥い(くらい)時の淵より

二  2

ひとつの光景が目の前にある。
むしろ妄想であった。
由希の、清楚な白い肉体が見える。
その周りに数人の男達が居る。
どれも残忍な目を持ち、
毛だらけの無骨な体をしている。
男達は、美味そうな餌を前に、
その体の奥から欲情の焔を燃やしていた。
由希は無力であった。
恐怖と絶望に見開かれた由希の目を、
若原ははっきりと見た。
誘拐の妄想は、若原を絶望の淵に追い込んだ。
もしそうなら--

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